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3-16.貴族家の女性として

※時間軸を戻します。バードとの諍いの翌朝です。


16.



「……頑是ない子供の様な真似をしてしまったわ」


 昨夜は、お出迎えすら満足にできなかった挙句、夕食まで断ってしまった。

 淑女というより道理を知らない子供のようであったとベスは、自分が取った行動のすべてを悔やんだ。


 まだ窓の外は暗く、昨夜の雨のせいだろうか湿気がひどく、靄が掛かっている。

 先の見通せないその景色は、まるで自分のこれから先の未来のように、ベスには思えた。


 散々に終わった初めてのヴァリアン侯爵邸への訪問。

 あれからずっと、ベスは少しでもバードに相応しい存在になるべく研鑽に励んできたつもりだった。


 アジメクに相談して、今更ながら淑女としてのマナーを一からやり直すことにしたのもそうだ。

 貴族学園を卒業してそういった教育はすべて終わっている筈の身の上である。しかもこの歳。それなのに、今更女家庭教師(ガヴァネス)の教えを乞うことは勇気が必要な事であった。しかもアジメクが探してくれた女家庭教師(ガヴァネス)が自分より年下で子爵家出身の貴族位にあった女性である事には本当に怯んだ。


 けれど、古臭い理論ではなく現行の生きた知識を必要としている自分に必要なのは同年代の貴族女性からこそ教えて貰うべきなのだと、尻込みしそうになる自分を自ら奮い立たせた。


 その中で、貴族の夫人が自領で果たすべき役割についても説明を受け、衝撃を受けた。自分の中にあった正しさが揺らいだあの衝撃はベスの中で一生消えないだろう。


 季節や行事に合わせた服選びなど、ベスは学園で教わった通り一遍のことしかしらなかった。だから初日の顔合わせで、紹介を受けるなり顔を顰めてその日に着ていた服について挨拶も早々に咎められて吃驚してしまったのだ。


()()()。その装いは、インテバン男爵家の家名に泥を塗る行為です』


 その時ベスが着用していた服は、華美でなく動きやすいことに重点をおいたワンピースだった。

 今は家の事についてやってくれる使用人がいるが、ずっとひとりで男爵家を切り盛りしていたベスには落ち着かず、つい手を出したくなる時がある。手が空くと、つい拭き掃除がしたくなるのだ。バードに買って貰ったドレスはあるが、ひらひらとしたレースやフリルがあっては掃除に向かない。それに、着替えもできるだけ自分で行ないたいと思うので自力で着用できる前鍵フックの簡易型コルセットとワンピースタイプの服。それがベスの普段の服装だ。


「どこか、解れていましたか?」


 着替える時には綺麗に洗濯できていると思ったワンピースのどこかに、汚れか解れがあったのかと顔色を悪くした。


 ぱたぱたとスカートを翻して糸が出ている箇所や染みを探すベスに、まだ名前も交わしていなかった年下の女家庭教師(ガヴァネス)が、恐ろしく冷めた目で座っているベスを見下ろした。


「落ち着き下さい。そのようなはしたない真似をしてはいけません。駄目に決まっています。むしろこれを恥ずかしいと思わないこと自体が駄目です。化粧をしていないことも駄目です。なぜそのような平民が着るような服で男爵家の人間として、他家の貴族籍を持つ人間と挨拶を交わそうと思われたのですか。すべてにおいて駄目な部分しかないです」


 これ以上ないほどの完全なる否定をされた後、徹底的に何処が駄目なのか、どうして駄目なのか、どうすれば良かったのかを説明された。


 それでも最初はほんの少し反抗心だって持ったのだ。困窮している男爵家の人間が華美に装う方がずっと滑稽だと。


 そこまで思い返して、ベスはちらりと衣裳部屋へと目を向けた。

 ベッドを抜け出し、そっと衣裳部屋へと移動する。


 中に掛けられていたのは、たくさんのカラフルなドレス達だった。小さなイブニング帽や小物、靴やバッグ。ついこの間までベスには全く無縁であった、華やかで美しくどれもこれもが可愛らしい品々。


 棚に並べられた小物と反対側にあるハンガーに釣られたそれらを、ベスは両手を広げて、指先で撫でていく。

 絹の滑らかな感触。


 物心ついてから今まで、バードと婚約を交わすことになって初めて自分のものとなった、それら美しい衣装たち。箱の中には宝飾品だって沢山入っている。


 恵まれた、それ。


 そういった贅沢品を手に入れたがることは、罪深いものだとしか思ってこなかったのに、年下の女家庭教師(ガヴァネス)はそれを使いこなす事こそ、貴族位にある女性の正しい戦い方であるとハッキリと言い切ったのだ。

 半信半疑であったその言葉の意味も、きちんと説明されれば納得するしかなかった訳で。ベスは自分がどれほど領地を預かる貴族の跡取り娘として至らなかったかとまざまざと実感することとなった。


「昨夜のこと、先生にご報告できるようにきちんと纏めておかなくてはいけないわね。……また、怒られてしまうかしら」


 ふふっと寂しい笑いが口から出ていく。


 ──作り笑いだけが、年々上手になる。


 そんな自分が、ベスは嫌いだった。





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