3-15 ヴィル
15.
バードは迷いのない足取りで馬車の前までくると、そこでようやく立ち止まり振り返った。
「一緒に帰らないなら、ひとりで歩いて帰ることになりますが、そうしますか?」
ベスが転んだことについてブツブツと「恥ずかしい」だの「不作法すぎる」だのと恨めしそうに呟くばかりで、手を差し伸べることも労わる事もせず後ろについてきていたシーラへ向けて、バードは問い掛けるだけ問い掛けた。
けれどもその問い掛けを口にする間もバードはまったくシーラに向かって顔を向けることもせず、返事を待っているのだというポーズすら取らずに、腕へと抱えこんだベスを、まるで壊れ物かなにかのように丁寧な手付きで馬車の中へ座らせると、自分もそのまま馬車へと乗り込んだ。
あまつさえ馬車の扉に手を掛け閉めようとしてから、ようやく目線でだけ問い掛けるように、わざとらしくシーラへ目線を向ける。
それを承けて、言葉を尽くして乞うことすらせず、義理の母親となるシーラを意のままに動かそうというのかと、シーラは「まぁ!」とわざとらしく鼻白んだ。
けれどもそれはむしろバードにとっては、願ってもないことだったのかもしれない。
未練たっぷりにヴァリアン侯爵邸へ視線を彷徨わせるシーラに向かって、了承したとばかりにちいさく頷くと、バードはおもむろに馬車の扉を閉めた。
いや、閉めようとしたとこへ、シーラの震える大きな声が止めにかかった。
「わ、わたしも帰るわっ」
侯爵家との交流はシーラにとって非常に魅力的である。
だが、子爵家ですら気後れしていたシーラは、侯爵家の一員でありベスの母である自分を大切にするしかないバードも、自分より価値が低いベスもいない状態で独り取り残される勇気はなかった。
「そうですか」
片眉を上げて如何にも意外そうな表情を作りながらも、内心には満足した気持ちでバードは馬車の中へとシーラを迎え入れた。
どうやら、この面々の中で主導権という手綱を手に入れたのはバードのようだった。
そうして、満足そうに頷いたバードは先ほど迎え入れたばかりの侯爵家の面々に向かって、ぬけぬけと言い放った。
「では。これにてインテバン家とヴァリアン家の親族顔合わせは終了ということで。本日はお疲れさまでした」
「「「!!!」」」
「ちょっと待て」
「これで終わりってどういうつもりなの」
口々に驚く侯爵家の面々を前に、馬車はバードの指示を受けてそのまま走り出す。
「バード。本当にこれで終わりでいいの?」
「いいんだ。こんなマウント合戦に付き合う必要はない」
軽く言い放って目を閉じてしまったバードに、それ以上抗議の声を上げることはベスにはできなかった。
諦めてそっと馬車の窓の外を伺えば、小さくなっていく邸の前で、いまだに侯爵家のご家族たちが揉めているようであった。
不安に心が騒めく。
確かにベスはヴァリアン侯爵家に嫁入りする訳ではない。だが、遠戚にはなるというのにこれほどの不興を買ってしまって良かったのだろうか。
自然と下がっていくベスの視線。
くぐってきたばかりの侯爵邸の門を出てしまおうというその時、そこに誰かが立っている事に気が付いた。
門の横に立つ樹木へその背中を預けて寄りかかっていたのは、先ほどバードから『ヴィル』と呼ばれていた青年であった。笑顔を浮かべてひらひらとその手を振っている。
ベスはその姿に会釈を送った。
「ひとりだけでも、こうしてわざわざ門まで見送りに来て下さる方がいるなんて」
完全なる失敗に終わってしまったと悔やむベスの心が、少しだけ上向く。
だから。
馬車の中で微笑むベスにはわからなかった。
その青年の目が、口元が、意地悪く弧を描いて笑っていたことに。
「アレ。あんなに必死になってバードが守るような女かねぇ。おもしろいもの、見ちゃったなぁ」
くすくすと笑い続けるその不快な笑い。その声を聞いた者は誰もいなかった。




