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3-12.最初の洗礼


12.



「バード」

 その人の姿が視界に入った瞬間、ベスの全身から入り過ぎていた力が抜けた。

 

 まだ屋敷の前での最初の挨拶を交わしただけだというのに、すでに最悪の雰囲気が漂い始めた空気を払いのけてくれたのはバードだった。

 ヴァリアン侯爵夫妻の後ろから現れたバードが、ベスを背に庇う立ち位置に割り込んで、両親へ向けて冷笑した。


「『貴族位であるなら相手は誰でもいいから早く結婚しろ』って言っていた癖に、連れてきたら来たで、そんな風に威嚇するとはね。ようやく出来た婚約者に向かって爵位を笠にして圧を掛けるような態度を取るなら、もう二度と此処へ連れてこれませんね」

「ウィズ、いい加減にしないか。お前こそ、敬意が足りないんじゃないか?」

 我慢の限界だとばかりに、侯爵の横に並んでいた長兄エルヴィーン・ヴァリアンが声を荒げた。そのままバードの肩を掴んで引き留める。

 捕まれた肩を上着の襟を直す振りをして取り返したバードは、わざとらしく「ふん」と鼻を鳴らすと、碌に振り返りもせずにベスの肩を抱いて引き寄せた。


「ウィズバード様?」

 ヴァリアン侯爵夫妻に対してこのような不遜な態度が許されるとも思えずに、ベスはオロオロと首を廻して後ろを見遣ったが、すぐ横で凶悪な笑顔を浮かべているバードにその視線を奪われた。

「約束通り、顔合わせは済んだ。そうだろう?」

 貴族らしい冷笑を浮かべたバードは皮肉を口にすると、実家であるヴァリアン侯爵邸を背に、ベスがつい先ほど降りたばかりでまだそこに停まっていた馬車へと歩き出す。

 腰と肩を取られたベスには、バードに促されるまま足を前へと動かす事しかできなかった。

 更にバードは、そのがっしりとした腕を伸ばして、母シーラを背中から押さえると、「さぁ、時間も浮きましたし、新居の家具でも見に行きませんか?」と魅力的に笑い掛けさえした。

 シーラは侯爵家からの招待を受ける誘惑と、夢にまで見た、あの家具を見つけられるかもしれないという誘惑のどちらがより魅力的だろうかと浮足立った。

「この街ならば、シーラが欲しがっていたような素晴らしい家具を扱っている店を廻る事だってできますよ」

「まぁ! 素敵ね」

 そうしてついにはペラペラと誘いを掛けるバードのいいなりになることを選んだようだった。


「そんな。ウィズ、貴方久しぶりに実家へ顔を出したのじゃない。婚約だって手紙で知らせて来ただけなのよ? きちんとお話をしたいと思って何が悪いの」

 慌てて侯爵夫人が取りすがったけれど、バードは全く意に介そうとしなかった。

「お話ねぇ。何を話す必要が?」

 片眉を上げて話す姿があまりにも様になっていて、ベスはこれまで自分がどうしてバードのことを平民だと思っていたのだろうと不思議になった。

 この人の態度は、あまりにも高位の貴族そのもののだと、他人事のように考えていた。支配する者とされる者。その二つしかこの世にはいない。そうして自分の夫になろうとしているこの男は、完全に支配をすることを当然だと思っている人間だった。

「ウィズバード。母親に対してなんという口の利き方だ」

 さすがに不遜すぎるバードの態度に、侯爵が叱った。

 だが、対するバードは全く動じていなかった。

「俺は、貴方達が要求するから婚姻を結ぶ前に顔合わせの機会を作りました。けれど、難癖付けたいだけなら御免です」

「ウィズバード!」

 愛する息子から告げられた無情な言葉に、悲壮な表情を浮かべてよろめいてしまった侯爵夫人の背中を、バードの二人の兄とその嫁と思わしき人達が支える。

 説得すべき相手を見誤ったとばかりに眉を顰めた侯爵が、ベス達母娘へとその矛先を変え声を掛けてきた。


「インテバン男爵夫人、そしてインテバン男爵令嬢。君達母娘は、このまま帰ってしまっていいのか?」

「いいえぇ! もちろん、帰ったりしませんわ。そんな失礼が許される訳がありませんもの」


 侯爵家の当主から直接告げられた苦言に、シーラはあっさりと屈服することにしたようだった。普段より一オクターブは高い声で返事をすると、くるりと身を翻して侯爵の元へと足早に近寄っていく。

 

 バードとしてはそのまま其処へ置いていくことも考えたが、ベスの足が完全に止まってしまっていることに気が付いて、大きなため息を吐いた。


「良かった。さあ、邸の中を案内しよう」

 侯爵のエスコートを受け、頬を紅潮させて付いていくシーラの後ろを、バードは苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべながら、ベスを伴って付いていった。






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