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3-7.意地の悪い試練


7.



 「はい?」

 言葉の差す意味がまったく分かっていない様子のベスに、興が乗ったのだろう。ケイトリンはにんまりと口角を上げる。


 その意味は勿論、“最初は何故選んだのか理解できない、魅力のない人間だと思っていた”である。

 だが、こうして会話してみれば、目の前の自分の息子の婚約者は、想像していたような馬鹿ではなかった。


 教えれば、きちんと覚える。自分で努力することもできる。

 それを男を立てる方向で喧伝もできる。


 しかもどうやら無自覚のようだ。技術としてそれができている訳ではなく、素のエリザベス・インテバン嬢による素地の行動なのだ。善良で素直な資質の持ち主。

 つまり目の前のエリザベス嬢には好感が持てる。


 けれど、だからこそケイトリンは意地悪を言ってみたくなった。


「ウィズバードは、誰に何を言われてもずぅっと結婚しなかったの。結婚どころか婚約もしようとせずに見合いの席もすべてすっぽかして来たわ。そんなあの子がいきなり婚約をしたと報告してきた時、私たち家族は皆、偽装婚約だと思ったものよ。どれだけ周囲から甘い逢瀬を重ねているようだ、という情報が集まろうともね」


 ベスは、ケイトリンのあまりの鋭さに驚きで動きが止まる。

 浅はかな芝居は、観客にすっかりネタがバレていた。

 真っ青になるベスの様子に気が付かない振りをして、ケイトリンは手にしたカップの中の紅茶へ注視する。

 そこに映り込んでいる薔薇の花弁が風で揺れている。


「それなのに、本当にお式の準備を始めるなんて。うふふ。ごめんなさいね? でも安心して。あなた方が結婚するってことは事実のようだと、家族へは私から伝えておくわ」


 にっこりと笑顔で告げられた言葉が、ベスには首元へ押し付けられた刃物のように思えた。冷たい汗が背筋を伝う。


 まるで手に取るようにベスの心の動きを把握しているケイトリンが、にんまりと両の口角を上げて笑って見せる。


「あの子ね、ずぅっと好きで好きで片思いを抉らせていた相手がいたのだけれど、ようやく諦めがついたのね。良かったわ。本当に。……あら、いやだわ。こんなにお喋りに興じてしまったわね。ごめんなさい。いい加減、お喋りを止めて結婚式の準備について相談しましょうね。早速だけれど、ドレスのお仕立てをする工房についてですけれど……」


 ぺらぺらとケイトリンがヴァリアン侯爵家御用達の工房についての説明を始める。

 男爵家の跡取り娘が結婚式で着るに相応しい装いとなるドレスのグレード、ベスに似合いそうな色味についての個人的な意見、仕立てに必要な期間の概要等々。


『あの子ね、ずぅっと好きで好きで片思いを抉らせていた相手がいたのだけれど、ようやく諦めがついたのね』

 ケイトリンの声がベスの頭の中で何度もリフレインする。その声が聞こえる度に、ベスは暗がりに引き摺り込まれていくようだ。けれどもベスはグラグラ揺れる自分の視界を懸命に凝らし、意志の力で姿勢を正し続ける。


 なんとか表向きの表情だけは笑顔を取り繕うことができたと思う。みっともなく動揺することも、倒れてしまうようなこともせずに済んだ。

 だが、取り繕えたのは薄皮一枚の表面上のみ。

 ベスとウィズバードとの結婚式に着る衣装について華やいだ声でケイトリンが話した全ては、ベスの頭に入って来なかった。

 

 そんなベスの様子に一切の斟酌を汲もうとしないまま、ケイトリンは一方的に話を進めていく。


 そして一頻り話し終えたところで、ついに鈍色の空から雨粒がひと粒、ベスが手にしていた紅茶のカップに落ちてくる。



「あら。話し合いの最後まで、お天気は持ってくれなかったようね。今日はこの位でお開きにしましょうか」


 ベルベットのような赤い薔薇の蕾を模したケイトリンのドレスの裾が降り出した雨で濡れそぼってしまう前に、この日のお茶会は解散された。





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