3-5.一蹴
5.
「“飴掛け菓子”だなんて。色気もなにもない名前ね。その名前では庶民にしか売れないでしょう」
名は体を表す。
一蹴廻って洗練されて見えていた素朴な見た目が、見た目そのものの野暮ったい素朴な庶民の菓子にしか見えなくなった気がしたのだ。
延いては、美味しさすら半減した気がする。
ケイトリンが難色を示している事に気が付いたベスは、慌ててその場で取り繕った。
「それはその……試案、といいますか。まだ試作品の段階ですし、これから募集しようと」
「ここに持ってきたという事は商品化の目途が立っているのでしょう?」
「……ハイ。その通りです」
「この場で名前まで付いてたなら、今度我が家で開くお茶会で使わせて貰ったのに。残念だわ」
「えぇ?! あ、いま! 今すぐお付けします!」
慌てたベスが、それまでの貴族令嬢然とした態度を拭い捨てて声を上げる。
その様子に、ケイトリンは呆れて却下した。
「安直な名前を付けては駄目。商品価値を下げてしまうわ」
「あぁ~」
ベスはケイトリンから尤もすぎる指摘を受けて、目を閉じて両手を合わせて捩じり悶えた。領地の名を売る絶好のチャンスを逃してしまったらしい。
ちらり。そんなベスの様子には露ほども興味を現さず、ケイトリンはその後ろに控えていたアジメクに視線をやる。
すると、アジメクはにっこりと笑顔になり、切羽詰った様子でネーミングに苦慮し悶え続けているベスに視線を向けると頷いた。
それを見たケイトリンは目を見開いた。アジメクからのリアクションから、この飴掛け菓子はベスのアイデアによるものだと知ったからだ。
「私、エリザベス様の事を誤解していたようです。きちんと、領地の事を考えられていたのですね。ごめんなさい」
突然のケイトリンの謝罪に、ベスは慌てた。
「えっ? ……あ、いいえ。頭など下げないで下さい、ケイトリン様。確かに私は、領主という仕事を理解していなかったんです」
姿勢を正してたベスは、きゅと一旦目を閉じてから、呼吸を整えた。
そうしておいて再び目を開けると、まっすぐにケイトリンを見つめながら話し出した。
「私、というより私たち親子、というべきかもしれません。我がインテバン男爵家の領地運営は、間違っていた。今現在、領地が陥っている窮地は天災により始まりはしましたが、それ以上に、私たち上に立つ者の差配の失敗に他ならない」
ベスが辛そうな表情で始めた告解を、ケイトリンは黙って聞く。
「指導に当たる者は、指導される者と同じ目線でいてはいけなかった。もっと遠くを見つめ、見えない未来を見通す努力をする必要があった。俯瞰した視点を保ち、自分達のできる事を見極めて孫子の代まで生活が安定する方法を模索するべきであったのです。無暗に手を差し伸べ守るのではなく、時には誹られることも甘んじて受け入れなければならないのだと。その覚悟なしに人々の求めに応じては共倒れになる。本当に守るべき命すら、この手から滑り落ちてしまう」
じっ、と。ベスは自分の小さな手の平を何度も握って開いてと繰り返しては、それを見つめる。そこからどれほど沢山のものを取り落としてしまったのか。自分に正しい領主としての力があれば、今もそれはこの手の中にあったのかもしれないと。
目を閉じて黙り込んでしまったベスを、ケイトリンが取りなした。
「貴女はまだ領主ではないわ。領主代行として立ったのもこの一年ほどと聞くわ。その罪に気が付いた事は素晴らしいけれど、自分が起こした罪以外に、それほど苦しむ必要はないの。教訓に留めておかねば潰れてしまってよ?」
実際には跡取り娘であるからには男爵である父へ注進するべき事ではあった。
けれども上位貴族から婿を迎えて領地を治める予定であった令嬢に、領主としての教育がどこまでされていたのかといえば疑問である。求められるレベルが違う。そして教育しようにも、現インテバン男爵家には元々の貴族としての覚悟が不足していたのだろうとケイトリンは推測していた。
現インテバン男爵テイトという男は、元平民だ。しかも研究職に就いており、その分野で頭角を現した所を先代インテバン男爵に見初められて、一人娘であったシーラの婿になった事を、ケイトリンは知識として知っていた。
そして、テイトを見出し領主として教育していくつもりであった先代男爵はそれを成し遂げる前に亡くなってしまったことも。
領主としての視点を持つ前に、領地を天災に見舞われた新インテバン男爵は、平民であった時の感覚のまま、求められるままに備蓄を放出し、私財を投げうって手を差し伸べた――それを愚策と吐き捨て哂う事はしないが、生粋の貴族として生きて来ていたなら、その道を選ぶ者は少ないだろう。
別に我欲の為ではない。
天災が来年再来年まで続く可能性、違う種類の厄災に襲われる可能性を捨てきれないからだ。
時には近隣の貴族に頭を下げて横の繋がりや王宮へ縋る事も必要だ。だが、それを受け入れて貰うには、常日頃の付き合いというものが大切だし、それに慣れられても困る。
ありとあらゆる手段を模索し、できる限り細く長く続けられる安全網を張り巡らす。それが領主の務めだ。
施しは自分を良く見せる為の偽善ではなく慈善事業でなくてはならない。
本来ならば、領地持ち貴族家の跡取りとして幼い頃からきちんと教育されてきていなければならない事ではある。けれどもそれを親から授けられることなくここまできてしまった令嬢が自分で気づけたことに、ケイトリンとしては好意的に評価した。




