3-4.それは新しいお菓子
4.
インテバン男爵領で採れるトウモロコシは安い。何故なら他領から種を取り寄せて教えられたとおりに育成しても、何故か余所のモノより皮が厚くなるだけでなく、実の色が一部変わってしまうことがある。甘味も控えめで正直、見目も悪い上に美味しくないのである。製粉して皮を取り除けばいいのだが、そこまで手間暇を掛けるだけ価値はない。
勿論、旱魃時には乾燥に強い作物であるトウモロコシは貴重な食糧であった。
けれども天候が落ち着いた今、他領へ輸出できるかといえば、競合に勝てる魅力は無かった。
だが、無いと諦める訳にはいかないのだ。それが領主の仕事なのだと、ベスは知った。
躊躇するケイトリンに笑顔で勧める。
内心はドキドキしっぱなしであるが、笑顔で乗り切った。
「……そうね。我が家の菓子職人の舌を信じてみるべきね」
トウモロコシといわれたが、見たことのない形状だ。
コロコロとしたそれにも麦芽糖の飴が薄く掛けられている。
指で摘まみ上げると、想像よりずっと軽いそれを、ケイトリンは思い切って口へ放り込んだ。
先ほどの麦菓子よりも軽い歯ごたえはサクサクとしていて、噛むごとに軽い塩気と香ばしさが広がる。そこに麦芽糖の甘味が加わり、なんともいえずに後を引く。
お行儀が悪いと分かっていても、ケイトリンは二個三個と続けて口へ運んでしまった。
ニコニコと見守っているベスと視線を外しながらも間違いなく呆れているアジメク。二人が傍にいる事を一瞬だが忘れ去ってしまったことに、ケイトリンは恥じた。
薄っすらと頬を染めながら手を止めて、「庶民的だとは思うけれど、こういった味もたまには悪くないわね」と目を伏せ視線を外したままではあるが、ケイトリンは菓子の味について偽ることなく正直に評価した。
「当領地で採れるトウモロコシは他領から種を持ち込んでも何故か皮が厚く、実の色が違うものができるのです。そのまま蒸して食べるには皮が硬く、製粉しても色が悪く高値も付きません。けれど、硬い皮だからこその食べ方もあるのだと新たな食べ方を教えて下さる方がおりまして。ただまだ少し調理の方法に改良余地があるようで稀に硬いままになってしまうのです。これが改良でき次第、こちらも販売するつもりです」
前回このヴァリアン侯爵邸で親族同士の顔合わせを行った時の様子とはまるで別人のようにハキハキと説明するベスの様子に、ケイトリンは目を見張った。
顔合わせでのエリザベスは、母親のエキセントリックで場をわきまえない言葉や落ち着かない態度を制御できずにおたついているか、恥じ入ってバードの陰へと隠れようとするばかりで、ケイトリンとしては何の魅力も感じられなかった。
見目が良い訳でもなく、マナーもできていない、爵位も低い年上の女など、幾ら不肖の息子とはいえその嫁に迎えたくなかったのだ。
勿論三男だ。いつかは婿に出すことを覚悟していた。だが、こんな相手を想定したことはない。
だから、今日のお茶会の席で場合によっては女親としての立場からハッキリと拒否を突きつけてやろうとすら思っていたのだ。
なのに。今日のエリザベス・インテバン嬢はまるで別人だった。服装のセンスも悪くない。勿論、侯爵家の夫人であるケイトリンからすれば安っぽいと言わざるを得ないが経営の立て直し中である男爵家の令嬢として相応しいものではあった。なによりセンスがいい。
なにより一気に説明を終えたベスのやり切った様子それ自体に、つい笑みが漏れる。
「そう。教えて下さった方に感謝することね。そういう方には、きちんと報いるのですよ。無下にしては次に情報を掴んでも余所へ持っていかれてしまいますからね」
「はい。ありがとうございます。心得ておきます」
先ほどの恥じる気持ちを上書きするように、少し高慢げに顎を持ち上げてケイトリンはベスに教唆する。
しかしそれにも素直に頷かれると、さすがに意地の悪い目線で見ていることに気が咎めてくる。
「ということは、スクエア型の菓子はもう売り出すつもりなのね。名前は?」
話題を変えようとケイトリンが訊ねる。
「分かり易いように、“飴掛け麦菓子”としようかと」
話題を変えるだけのつもりであったが、ベスが口にした名前の、その余りの野暮ったさに、先ほど気が咎めたばかりだったケイトリンが厭そうに顔を顰めた。