3-3.インテバン男爵領のトウモロコシ
3.
(嬉しい! 嬉しい! 嬉しい!)
ケイトリンがその形のいい頭の中で冷たい判断を下していることなど露ほども知らないベスは、ただひたすら、褒められたという事実に舞い上がっていた。
彼女が、自身について褒められたのはいつ以来の事だろう。
まだインテバン男爵領が旱魃に見舞われる前、父テイトが金策に走り回る事が無かった頃が最後かもしれない。
ケイトリン夫人が目を伏せたのを合図に、ようやく侍従へお許しが出たのかベスはガゼボへの同席を許された。
執事から椅子を引かれて席へと案内される。
そうしてようやくベスにも紅茶がサーブされた。
ついで、その後ろからメイドが持ってきたケーキが乗った大皿が、華奢な錬鉄製のテーブルの中央に置かれる。
大皿の上に美しく盛り付けられているそれらを見たケイトリンの眉がぴくりと動いた。
ヴァリアン侯爵家で用意した端正なケーキの横に、無骨な見た目の菓子二種類も並べられていたからだ。
それらは勿論ベスが持ってきた手土産であった。
通常、手土産を茶会に出すならば最初に持ってくることはない。
ある程度会話が進み、茶を淹れかえる時にそれを持ってくるのがマナーだ。
それを敢えて厳格な執事が破り、いまこのテーブルに持って来させた意味を、ケイトリンは考えていた。
その前で、アルバートはスマートな手付きでケーキを個別の皿へと盛り付けられたそれを配る。
「こちらのケーキは庭の薔薇で作られた薔薇ジャムが練り込まれております。『夏の香りをお楽しみください』と当家シェフが申しておりました。そして、こちらのナッツの焼き菓子二種はインテバン男爵令嬢が本日お持ち下さったものです。我がヴァリアン侯爵家の厨房の者が『どちらも初めての味ですがとても美味しかった』と感心しておりました。お時間を頂けるならば後ほど話をお聞かせ頂きたいそうです」
笑顔の執事が伝えた言葉の意味するところは、ベスに対しては言葉の意味そのものだが、ケイトリンに対しては『毒見済み』であるというものである。しかし、ベスには分からない。
「まぁ! 侯爵家で働く方に気に入って貰えたなんて嬉しいわ。是非お話をさせて下さいとお伝えください」
だから笑顔で了承を伝えれば、執事は小さく笑って頷いた。
「ではそう伝えておきます。ありがとうございます。どうぞごゆっくりお過ごしください」
執事であるアルバートの言葉を受け、ケイトリンは見慣れないちいさな焼き菓子の内、スクエア型の方を選んで取り、口へ運んだ。
ぽこぽことした小さな粒の木の実に艶やかな飴掛けがされている。
貴婦人の口にひと口で入るサイズのちいさなそれは、カリカリと軽快な音を立てて口の中に広がっていく。軽い歯ざわりが楽しく、また口の中に広がるローストされた木の実の香ばしさと飴による優しい甘さがなんとも複雑で繊細な味わいを生む。
「あら。おいしい」
意外にも、素朴な見た目からは想像もできないほど上品な味だ。衒いのない、ひと口サイズに切り分けられただけの素朴な見た目も、この味を知った上で見直せば下手に作り込んだものより美しく見える。
「お気に召したなら幸いです。今度、我がインテバン男爵領で売りに出そうと思っている飴掛け麦菓子なのです。我が領は麦の産地なので、麦芽から作った飴で何か特産品をと考えました」
「あら。この優しい甘味が、麦芽糖というものなのね」
「さすがですね。ヴァリアン侯爵夫人は麦芽糖をご存じなのですね。素晴らしいです。私は不勉強ながら、父からの手紙で知るまでは作り方どころか名前も存じませんでした」
父テイトが音信不通になる前に書き送ってきた手紙に書かれていた麦芽糖の作り方。ベスは読んではいたけれど、それを作ってみようと思う事など、これまでまったく思いつきもしなかった。ただ大事に記録を残しておいて、いつか帰ってきた父が、領民と共にそれを作るのだろうと夢を見ていた。
けれど、そんな他人任せの領地経営では駄目なのだと思い知った。
「もう一つの丸い方も宜しければご賞味ください。こちらは、当インテバン男爵領で採れたトウモロコシを使っております」
「……インテバン男爵領産のトウモロコシ」
ベスの説明にケイトリンの眉間が微かに顰められる。
無理もない、とベスは内心で溜息を吐いた。




