2-16.ユーリ・ケインズ再び
16.
険しい顔をしてその場に控えていたアジメクに、「お茶の準備をお願いできるかしら?」と伝えると、目を閉じたまま頭を下げてくれたのでホッとする。
本来なら、この家から追い出されても仕方のない話し合いになるのだ。
バードが自腹を切って付けてくれた側近であるアジメクに願い事をできる立場でもない。それでも、直接文句をいうことなく厨房に向かってくれるアジメクの後ろ姿にベスは感謝した。
その時、後ろからついてこようとしたバードを、シーラが制しようとする声がした。
「貴方はご遠慮くださいな。これは貴族間の交渉ですの。平民の出る幕ではないわ」
バードの歩く前に立ち塞がる母シーラに、ベスは血相を変えて反論した。
「おかあさま! 失礼なことを言うのは止めて下さい。このお屋敷は、バードが私の婚約者でいて下さっているから住めているのです。あの詐欺師を追い払ってくれたのも、あの後の男爵領を治める道筋をつけて下さったのも、全部全部、バードなのですよ?」
ベスの剣幕にも母シーラはまったく頓着せず、バードを通そうとしなかった。
まったくこちらを見ることなくバードを睨みつけている母シーラを、どうすれば翻意させられるのかとベスが悩んでいると、その肩に大きな手が掛けられた。
「……破棄するにしても、なんの説明もされずにでは彼も納得できないでしょう。むしろ私としては、彼には是非同席して貰うべきだと思いますね」
ユーリがそう言葉を添えると、シーラは「仕方がないですわね」と踵を返した。
「貴族間の話し合いに口出ししないというなら、これまでの助力を考慮して、同席することだけは許して差し上げましょう。ケインズ伯爵の配慮に感謝なさい」
傲岸に言い放って、ユーリを応接室へと案内する母シーラの背中に、ベスはたまらず声を上げた
「おかあさま、失礼ですわ!」
更に抗議しようとするベスを、バードが手で押さえる。
「いいんだ」
軽くそう言って男爵夫人の後ろをついていくバードは、けれどもその手は爪が食い込むほど握りしめられ、瞳にはほの昏いものを宿していた。
全員で応接室へと移動する間、誰も言葉を発しようとはしなかった。
あまり広くはない応接室は背の高いバードと背が高く身体の厚みも凄いユーリの二人が入っただけでかなりの圧迫感があったが、更にそこへシーラとベス、そして紅茶を持ってきたアジメクが入るとかなり狭苦しく感じられた。
これからされる会話の議題自体があまり愉しいものとなりそうにないこともある。
「ずっと昔、戦争で男性が減ってしまった時代に立てられた特別貴族法だ。まずはそれまで直系男子のみに許されていた後継を女児にも許すことにした。これで各家門の存続はなされると思われた。けれど、それだけでは足りなかったんだ」
アジメクの淹れた紅茶が全員に配られたことを確認したユーリは、そう前置きをして、ゆっくりと説明を始めた。
「跡取り娘はいても婿のなり手がいなかった。けれど平民を迎えるには抵抗があるという上位貴族が多かったそうでね。男性のみ重婚が許されることとなった。ただし、第二夫人にできるのは婿のなり手が見つけられなかった跡取り娘のみ。そうして男性側には女性の家の資産に手を触れることは出来ない。第二夫人となる女性の家の跡取りに、第一夫人の産んだ子供はなれない。家の乗っ取りは不可ということだ。つまり男性にメリットはほぼない。ただ、戦争で残された女性たちが家を繋いでいく為に作られた法律だ」




