2-15.母シーラの策略
15.
「エリザベス! ようやく帰ってきたのね。よかったわ」
「おかあさま?!」
バードのエスコートで馬車を降り、扉を開けたところで母シーラが迎えに出てきて、ベスは驚いた。
良く晴れた気持ちのいい午後に庭に出る様になったとはいえ、それほど頻度の高いものではないし、ましてやそれがバードが一緒にいる時に、正面玄関まで出迎えにくるなど初めての事だった。
いいや、インテバン男爵家のお屋敷にいる頃は、ベス一人に対してですら無かったことだ。
嬉しそうなその表情に、ベスは馬車の中での憂鬱な気持ちが吹き飛んだ。
「とてもお顔の色がよろしいわ。どうなさったの、おかあさま」
もしかして父テイトの消息が分かったのだろうかとベスの胸が弾んだ。
しかし、そこに背の高い見慣れない人の姿があることに気が付いた。ブラックコートを着ていても分かる、がっしりとした体躯の男性だ。
誰だったろうと思った時、ベスに向かって笑いかけてたその目尻の下がり方に、ピンときた。
「まぁ! ユーリ、どうなさったの?」
もうすぐ日付も変わろうという時刻だ。前触れもなく学生時代の旧友の家へとやってくるには遅すぎる。あの事件について続報があったのだろうか。けれど、あの時着ていた憲兵隊の制服ではなく私服であるし、それはないだろうとベスは首を傾げた。
「おや? 急遽出掛けていると聞かされたのだが。もしかして私が来ることは、シーラ男爵夫人から聞かされていなかったのだろうか」
「おかあさまから?」
「そうよ! 良かったわね、エリザベス。貴女に素晴らしい縁談が来たのよ!」
「……え?」
「これで、二代続けて平民を婿に取らなくても済むんだわ! 本当に良かった。娘をよろしくお願いしますね、ケインズ伯爵」
「?!」
ベスはその言葉の意味がわからずに大きく目を見張った。
「ベスは俺と婚約をしている!」
棒立ちになっていたベスを、後ろからバードが腕を掴んで引き寄せ、大きな声で抗議した。
当然だ。あの日からひと月で、バードがベスの為に手を尽くし財力を尽くして支えてくれたのだ。契約もある。正式に教会で誓った婚約でもあり、簡単に破棄できるようなものではない。
「婚約破棄の慰謝料には誠意をもって私が応じよう。明日にでも話をさせて欲しい」
しかし、怒ったバードを物ともせず、落ち着いたユーリが割って入った。
縁談を持ってきてくれただけのユーリが申し出たその内容に、ベスはどこか納得できなかった。
「なんで、ユーリが慰謝料を? 縁談って。どなたとのものでしょうか」
「勿論、エリザベス・インテバン男爵令嬢と、私のものだ」
ゆっくりと、けれどハッキリとした口調で告げられた言葉に、ベスは大きな衝撃を受けた。
「?! ……だって、貴方には奥様もお子様もいらっしゃるじゃありませんか!」
それだけは、ありえない筈の縁談だった。
ユーリ・ケインズ伯爵は幼い頃から相思相愛の婚約者と結婚している。つまり愛する妻がいる。
子供は3人。息子が2人、末には待望の娘ができて、ベスの親友であるエレーナが名付け親になった。ベスの憧れた、幸せな家庭を築いている。
「そこは大丈夫だ。上司を通じて王太子に力添えを戴いた。特別許可証も出ている。名目上は私の第二夫人だが君がケインズ家に入ることは無い。君はインテバン女男爵となり、君の産んだ子供がインテバン男爵家を継いでいくことになる」
「どういうこと?」
「玄関先で話す内容ではないな。どこか部屋でゆっくり説明をさせて貰っても?」
ベスの身体かか力が抜けて今にも床にへたり込んでしまいそうだったが、懸命に堪えて頷いた。




