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2-14.素直になれない

14.



 返事がないことに焦れたのか、バードが一瞬だけベスの方へと視線を動かし、すぐに元の窓の外へと戻した。そうして唇を歪ませて呟いた。


「…………変な顔」


「……失礼だわ」


 嫌がらせ扱いした上に、令嬢に向かって変な顔呼ばわりするなど酷すぎるとベスは落ち込んだ。

 たしかに元が地味すぎるベスが華やかなドレスを身に着けるなど愚の骨頂かもしれない。けれど、むしろこれはバードからの依頼を受けての仕事として身に着けているだけなのに。

 

「嫌がらせの会話をいつまでも続けようという方がずっと失礼だろうよ」

 

「そんな。嫌がらせの会話などしていません」


「そんなつもりはなかったからどうだっていうんだ。俺が嫌がらせだと判断した。それがすべてだろう? なぁ、エリザベス・インテバン男爵令嬢」


 睨みつけるようにベスのフルネームを呼んだバードの顔に、ベスはハッとして息を呑んだ。


 さきほどの店での、エリザベス・インテバン男爵令嬢に纏わる不名誉な会話を切り上げる為に、バードは自身の立場を悪くすることに構わず強い言葉で会話を打ち切って助け出してくれた。


 それなのに、そのことに触れられたくないからといって、ベスはバードの嫌がる会話を強要していた。


「……ごめんなさい。私が悪かったわ。その……お店でも、上手に演技できなかったし」


 ずっと年下であるイザベルからの悪意など、もっと上手に受け流すことくらいできてもいい筈だった。

 貴族令嬢として、社交界にでる訓練ならしていたのは遠い昔のこととなってしまっていたけれど。それでもベスの方がずっと大人であり、子供の戯言だと笑って聞き流すべきだったのだ。


 なのに、ベスには一切、それができなかった。



「あの場でみっともなく泣き出したり、顔を真っ赤にして言い返してないだけで十分さ」





「悪かった」

「え?」

 バードがそっと襟元のレースを指でなぞる。


「約束してたのに、ダンスしなかった」

「そんなこと」

 あんなことがあったのに、ダンスができなかったと拗ねる気持ちになどなれる訳がない。

 むしろ、婚約者役がベスでなければ、あんな騒動にはならなかっただろう。


「その為にドレスアップしてくれたんだろ。その情熱の赤をお披露目できなくて残念だ」


「これはアジメクが」

 ベスなら絶対に選ばない。手に取ることすらなかっただろうデザインだ。


「あぁ。アジメクか。なるほど、俺のことがよく分かってる選択だ」


 くくく、と喉奥でバードが笑った。

 


「ねぇ。考えてみたんだけど、やっぱり私では、あなたの婚約者役には不足なんじゃないかしら。他にもっと適役な方がいると思うの」


「……適役、ね。たとえば?」



「美しくて教養もあって。縁談を退けられる地位や名誉もある……つまりは、私の様に不名誉な噂がなくて、年上でもない方ね」


「ふーん。俺の女避けに、そんな瑕疵の一切ない令嬢がなってくれるんだ?」


「…………探せば、きっとどこかに」


 嘘だった。

 この婚約の先には婚姻はない。お芝居でしかない婚約話をなんの瑕疵もない貴族令嬢が受ける可能性は極々低い。それこそ莫大な借金を背負っていてそれを穴埋めするなどの申し出をすれば可能性もあるかもしれない。けれど、爵位のない相手との婚約が破棄されたらどうなるか、エリザベス・インテバン男爵令嬢がその前例を見せてくれた今、それを受ける貴族家はないだろう。


 他に誰もいないからこそ、この話がベスの処に来たのだ。

 ベスは婚約者役に選ばれたのではない。

 目の前にベスしかいなかった。それだけだ。所詮、都合が良かったというだけだ。


 わかっていた筈なのに、ベスはその事実にため息が出た。


 自分の価値の低さに。申し出をすすんで受けた自身のプライドの無さに。

 なにより、この役目を喜んでいる自分に。


 誰もが嫌がるそのお芝居を、ベスは即応で受け入れた。


 確かに、冷静な判断ができる訳のない混乱している上に時間もない中で決断を迫られた。あの状態で、ベスに断る事ができる訳がない。

 だから、受け入れたのは仕方のないことだったのだと、ベスはそう思いたかった。



 父の安否は依然わからない。いいや、海難事故で遺体が見つかる事の方が少ないのだ。父の遺体が見つからないからというだけで生きていると信じることも難しくなってきていた。それだけの時間、月日が経っていた。


 爵位の返上も含めて、ベスは考え直さねばならない頃なのだ。


 ベスは目を閉じたまま、ぎゅっとドレスのスカートを握りしめた。そうしないと涙が零れてしまいそうだった。



「……そんなに、この役を降りたいのか」

 バードが不機嫌そうな声でなにかを言っていたが、顎を手で押さえているからだろうか、ベスはよく聞き取れなかった。



「え? なにか言ったかしら」


「いや?」


 軽く否定されてしまえば、ベスには再度問い掛けることはできなかった。





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