2-13.傲岸不遜な男
13.
「ねぇ。バードに求婚してくる女性たちは他の方もあんな風に不作法な方ばかりなの?」
不機嫌そのものの渋い顔をしたバードとふたりきりで狭い箱馬車の中にいることに耐えきれなくなったベスは、バードを揶揄うことにした。
すべて冗談にしたかった。
もし、今さきほどイザベルに言われた内容についてバードから謝罪を受けるような目にあったら、泣いてしまう。それだけは嫌だった。
そんなベスの気持ちが届いたのだろう。
バードも冗談に付き合ってくれる気になったらしい。
「もっとすごい。夜中に往診に呼ばれて駆け付けたら、重病のおばあさんではなくて全裸の若い女性だったこともある」
ため息混じりの告白が為される。
ただ、その表情は冗談抜きで白けていた。
「ぜ、ぜん……」
ベスはあまりのことに言葉を繰り返す事すらできずに絶句した。
「治療の為に服をずらして欲しいとお願いしたのにやっぱり全裸になりたがる娘も多いな。そうしていうんだ『こんな辱めを受けたら結婚して貰うしかない』ってね」
「よくある事なの?!」
「あぁ。俺だけじゃないさ。若い医師ほど、これに遭遇する率は高くてね。毎年これが原因でノイローゼに罹って辞めると言い出す医師が出るほどだ」
「ノイローゼ。毎年……」
なぜ世の女性は全裸になりたがるというのだろうか。貞節を大事にする気持ちはないのだろうかとベスは神に懺悔したくなった。別にベス自身がそれを行ったわけでもないし、実際のところ平民には貴族令嬢ほど貞節を守る義務や使命などありはしないのだ。一か八かでやってみたくなるのだろう。
「そういった時は、どう対処するの?」
「基本的に、慣れた女性の看護師がすぐ傍にいてくれるからね。一対一で治療はしない、それが原則だ。そしてその立場には概ね腕っぷしに自信がある人が就く。治療の痛みで暴れる患者も多いからね」
まさかの用心棒に、ベスは笑った。
「次に、マイヤールさんと顔を合わせたら笑ってしまいそう」
女癖が悪いと評判の医師に女性避けの用心棒が付いているなんて面白過ぎる。
いつも清ました顔でバードの後ろで診療器具の準備をしている彼女の、しっかりと筋肉のついた体つきを思い出す。確かに鍛えていそうだ。乗馬が趣味だと言っていたので、その為の筋肉なのだとばかり思っていたが違うらしい。
「きっと沢山の武勇伝を聞かせてくれるさ」
うんざりした表情のバードに、つい軽口を叩いた。
「そんなにあるのね。モテる男性は大変ね」
「……モテない」
「あら。でも、沢山の女性に結婚を迫られているのでしょう?」
「あれは俺の収入とか肩書に吸い寄せられているだけだ。医師の妻なら爵位があろうとなかろうと自慢できるんだろうさ。その医師が、俺である必要はない」
ぷいっと窓の方を向いてしまったバードの顔は、暗い馬車の中で揺れるランプの灯りと窓から差しこんでくる月明りによって、どこか神秘的にすら思えた。
男性的なラインを描く顎のラインも、高い鼻が造り出す陰影の濃い顔の造作も。ベスのそれを包み込んでしまう大きな手が器用に動く様も。
そのどれもが女性なら見惚れずにはいられないほどセクシーだ。バードなら、その目線ひとつで女性を跪かせることすらできるだろう。
──なにより、ベス自身がそう思っているのだから。
何を考えているのかとベスは急いで頭の中に浮かんだフレーズに首を振った。そんな不埒な思考を持つこと自体、自分に許せるものではない。
「……でも、それだけじゃないでしょう? 中には、貴方自身が欲しいと願っている女性だっている筈だわ」
だって、目の前にいる男性はベスからしても、こんなにも魅力的だ。
尊敬できる仕事に就いていて、見た目にも優れている。なにより先ほど店で見せた権力に屈しない態度に、惹かれない女性などいるのだろうか?
だから先ほどベスの心を過ったものも、ごくごく普通の当然のことだとベスは思いたかった。
「好きになれない相手から寄せられる好意ほど迷惑な物はないね」
こちらを見る事すらしないどころか、むしろ完全に顔を窓の外へと向けてしまったバードの顔は杳として知れない。
けれど、バードのあまりに傲岸不遜な態度と言葉に、ベスの口が開いたままになった。




