2-12.叱責
12.
それはできるだけ穏便にイザベルの手を自身の腕から離そうとしているようにも見えたし、ベスに見せつけるように2人でイチャ付いているようにも見えた。
そう。ベスの目には、まるで、17年前の、あの日の様に映っていた。
しかし、そうではなかった。
「イザベル嬢! さすがにそれ以上は不愉快です。これ以上、その続きをいうなら、御父上に直接苦情を入れさせて頂きます」
埒が明かないとばかりに、バードが力づくでイザベルの手を自分の腕から引き剥がした。
「だって! 私が生まれる前の話なんでしょう? 本当の事なのか、ちゃんと確かめたくって」
「もういい。ベス、出よう」
バードはもうイザベルを視界に入れる事すら拒否するように、ベスの腰を支えて退店を促した。
「よろしいの?」
静かな夜を、こんなに乱したまま去ってしまっていいのだろうか。不安に顔を見回すと、少しはなれた場所から店員たちがオロオロとしていた。彼らはベスと目が合うと、申し訳なさそうに深く腰を折って頭を下げた。確かに、領主の娘では店員に諫めることができる訳がない。
聞き耳を立てていた客たちも、慌てて首を竦めて顔を俯けた。でも多分、神経はこちらに向けたままだろう。
「バード医師! このインテアン男爵領で働き続けていたいなら、領主の娘である私にそんな態度を許されると思うの? 正式な任命を受けた訳でもない、たかが臨時の医師でしかない癖に」
バードから手酷く無下にされたイザベルが、その愛らしい顔をひどく醜く歪めて、背中から大声で叫んだ。
その言葉も内容も父親の権力を笠に着たあまりに醜悪なもので、同じ男爵令嬢としてベスは恥ずかしくなった。
「なにか勘違いしているようですね? 私は、このインテ地方から医師がいなくなることを阻止する為に、他領と兼任することを引き受けたのです。いわばボランティアだ。必要がないと言われるなら、インテバン男爵領のみを引き受けることにします。明日から……いや、たった今からだ」
勿論、バードはそんなイザベルの勘違い発言を一刀両断に切り捨てた。
そのあまりに不穏な内容に、その場の席にいて面白がっていた他の客も慌てだした。
それはそうだろう。インテアン男爵領で医療が受けられなくなるかもしれないのだ。それも領主の娘の不作法な行いのせいで。
せっかく他領との兼任を引き受けてくるという優秀で奇特な医師が着任してくれたお陰で無医地域とならずに済んだことにホッとしたばかりだというのに。
大体が、王立である治療院の医師に失礼な態度を取ること自体がありえないのだ。
彼らは王からの信認を受けてどんな僻地へでも、努力して修めた医療の力を届けるべく務めてくれている。それに感謝することはあっても侮ることなどありえない。
不作法であまりに失礼な言動を堂々とするような領主家の娘に、領民たちが恥ずかしい思いをしたし、この地域と取引をしている他領からきていた商人たちも付き合いを考え直さねばと考えていた。
そして、貶されても声を荒げて反抗することなく、まっすぐ立っていたインテバン男爵令嬢の姿と比較して、あの不名誉な噂についても自身の情報を訂正しようと考えていた。
デビュタント前からあんな下品な赤いドレスを身に纏って男に縋りついているような男爵令嬢より、落ち着いた色味ながらも凝った上質なドレスを着こなす男爵令嬢の方がずっと好ましく人々の目には映った。
落ち着いて見せながらも、隠す様にさりげなく差し色に赤が潜ませてあるのも絶妙な配色だった。華やかでありながら、下品なところは一切なく、目立ち過ぎない。婚約者のいる貴族令嬢のいでたちとして恥ずべきところの一切ない素晴らしいものだった。
あれで地味だの華がないなどという方が頭がオカシイと思う。
いや、確かに社交界の華となるほどの派手さはないが、貴族位最下位である男爵令嬢にそんなものは領民たちは求めていない。領民に近い立場の指導者として、知性を感じさせる落ち着いた雰囲気と修羅場における冷静な対応は、男爵家の跡取り娘として好ましいものだと感じていた。
これだけその場にいた人々の評価が逆転したのは、比較対象が悪すぎたこともあったのだろうが、元々商人たちには、自身が築いた財産を乗っ取ろうとした悪人を排除したということにそれほど忌避感がなかったこともある。
有事の際に、冷静で必要な対応をしてくれる領主であることの方が彼等にはずっと有益だった。
バードの言葉の意味がイザベルの自分でもあまりよろしくないと自覚している頭に浸透するまで少し掛かった。
「え、あ。うそ。……え?」
理解に苦しんでいたせいで、かなりの時間を傍から見れば呆けたままだったイザベルが、ようやく周囲の冷たい視線に気が付く。
だから、その場から追い出されるように謝罪しなければとイザベルがバードを追いかけた頃には、支払いをしようとしたバードと、不快な思いをさせてしまったとベスに謝罪をしつつ支払いを拒否する店のオーナーとのやりとりもすっかり終わってしまっていた。
イザベルが錬鉄製の門の前に着いた時には、2人を乗せた馬車はとっくに去った後だった。




