2-11.インテアン男爵家イザベル
11.
「これはイザベル様。良い夜ですね」
ではこの不作法な令嬢が、インテアン男爵家のイザベル嬢なのだとベスは理解した。たしかまだ15歳、成人どころか学園入学前の筈だ。それなのに、このドレスを身に纏うのはどうなのだろう。
インテバン男爵領ほどではないが、インテアン男爵領も大旱魃による被害は著しいものがあったと聞いている。
餓死者が出るほどではなくともその資産は著しく減らしただろうに、まだ成人前の娘にこのような派手なドレスを買い与える男爵の考えがベスには分からなかった。
それに。明らかにバードのパートナーであるベスに対して未だに挨拶をしようともせず完全に無視しているのはどういう了見なのか。
「本当に! バード医師とお会いできるなんて、とても良い夜です。ねぇ、お食事が終わったのなら、私と踊ってくださいな」
挙句、バードをダンスに誘ったその言葉に、ベスは呆れて声も出せなかった。
「申し訳ありません。今夜の処はご容赦ください。今夜は愛しい婚約者と共に過ごしているところなのです」
けれど、大胆な男爵令嬢の誘いにバードはあっさりと拒否を告げた。
そうしてイザベル嬢に掴まれているのとは反対側の手でベスの手を取り立ち上がらせる。
「紹介させてください。婚約者のエリザベス・インテバン男爵令嬢です」
バードに紹介を受けてはベスも名乗らざるを得ない。
「はじめまして、イザベル様。エリザベス・インテバンです」
「まぁ! この年増の方が、あの有名なインテバン男爵家のご令嬢なんですね! これは失礼致しました。エリザベス・インテバン様とのご婚約おめでとうございます。エリザベス様もよかったですね、25年ぶり、3度目のご婚約でしたわね?」
「イザベル様。ようやく積年の思いが通じた相手に対して、そのように悪し様に言われるのは不本意ですね。それと、25年ぶりなんかじゃないですよ。前の婚約からは11年しか経っていない」
バードが冷静に訂正を加えてくれたが、ベスは羞恥に顔を上げていることが辛くなってきた。
その時、ちらりと挑戦的な笑顔を一瞬だけベスに向けたイザベルが大袈裟に詫びを入れた。
「ごめんなさい? 私、計算とか難しいことってよくわからなくて。でもあの噂って本当なんかじゃないですよね? 最初の婚約者に浮気されて、男爵家を乗っ取られそうになったなんて」
「!!」
ベスの心臓がぎゅっと無慈悲で大きな手に握りつぶされそうに痛んだ。
まさかこんな初対面の少女までその噂が知れ渡っているとは。隣の領地であるからこそなのかもしれないが、あまりの仕打ちにベスの顔は真っ青になる。
「だから、あなたと結婚すれば男爵になれるってわかっていても、こんなに長く婚姻が成立しなかったって噂でしたけど。でも、今日お会いしてようやく分かりました。こんなに地味で華のない方だなんて。貴族のご令嬢の婿になれると夢見た殿方たちもガッカリなさって当然ですわね」
つらつらと勝手な推測を披露するイザベルの口を縫い付けてやりたくなる。けれど、実際のベスはその細い身体をカタカタと震わせるばかりだった。
「それで? 結局はバード様が他の女性と仲良くされることを御受入れになられたのですか? もう後がありませんものね。エリザベス様のような方には、妥協も必要ですものねぇ」
イザベルはバードの腕に強く絡みついたまま、滔々と気持ちよさそうにベスをあげつらっていた。
バードはそのイザベルの手に自身の手を重ねて何かぼそぼそと小さな声でイザベルの耳元で会話をしていた。