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2-9.失望されて

9.



「本日は鴨とマスが、良い物が手に入りました。鴨はオレンジソースかクランベリーで、マスはムースもお勧めでございます」


「俺はビーフステーキがいいな。分厚いのをウェルダンで。魚はマスをムニエルにして貰おう。ムースじゃ一日ハードに働いた後の腹には物足りないんだ」


 バードがあっさりと自分のメニューを決めてしまった横で、ベスは悩んでいた。

 バードと同じものを、と思ったのだが内容を聞く限りベスの胃袋に入り切る訳がない。いつものビアのお店ではないのだ。共有シェアという文化を知らなかったベスには驚天動地の思いがしたが、考えてみればあまりにも合理的で、ベスはあっという間に大皿から小皿に取り分けて食べることに慣れた。

 けれど、今いるのは間違いなく大皿料理で出てくる訳ではない。ベスが残したものはそのまま廃棄されるのだろう。旱魃が終わろうとも、ベスにはそれを善しとするのは難しかった。


「私はお店のお勧めのものを。オレンジはいま戴いているから、クランベリーのソースがいいわ。デザートはプラリネアイスで」


「俺はチョコレートケーキがいいな。ここのチョコレートは濃くて旨かった」

「ありがとうございます。厨房に伝えておきます」



「では、お食事のご用意ができましたらお席へ案内いたします。それまでごゆるりとお寛ぎください」



 ごゆるりと、と言われたが、ベスの身体はその言葉とほど遠い状況だった。

 ベロア素材のソファはどこまでも柔らかい。柔らかすぎて背中を預けた途端、みっともなく身動きが取れなくなりそうなほどだ。手に持った繊細なフルートグラスに無駄な力が入って足を折ってしまいそうな気がする。遠くから聞こえる生演奏の音楽も、なにもかもが、ベスが遠い昔に手放したものばかりだ。


 学園を卒業するまではそんなことを思う日が来るとは思わなかった。

 柔らかなソファ、使用人に気を遣われながらの会話、食前酒を愉しみながら交わす会話も、コースで出る食事も、どれもこれもベスには身近なものだった。


 そうして今、ベスがここにいるのはお芝居によるものでしかない。

 これが仕事だと胸を張って言えることですらなく、ベスの心は忸怩たる思いで塞がった。


「もしかして体調が悪かったのか?」

「え? そんなことないわ」


「そうか。なら、庶民の俺とこうしてここにいるのが気に食わないだけか」

「?! ち、ちがいます」

 何故、そのような捩じくれた思考に至るのかベスにはまったく理解できなかった。


「だが、これは君が引き受けた仕事だ。払った報酬に見合う働きをして欲しいものだね」

「そんな言い方って。ひどいわ」


「酷いのはどっちだろうね。俺は提示した以上の報酬を君に支払っていると思うよ。そして君はここで不機嫌な顔をして座っている。君が辛うじて笑顔になったのはあのソムリエと会話していた時だけだ」

 ギロリと睨みつけられて、ベスは身を竦めた。

 確かに、相思相愛の婚約者であると見せつける為にここへ連れてきたのだとしたら、今のベスではその役に不足が生じることだろう。

 貴族でありながら、高級なものすべてに物慣れない田舎者の姿を晒している。


 ──あぁ、私はまた失望させてしまったのだ。


「……申し訳ございません」

 ベスの謝罪すら気に入らないのだろう。バードは、ちっと小さく舌打ちをしてそっぽを向いてしまった。






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