2-8.しゅわしゅわ泡立つ
8.
すぐにテーブルへと案内されるのかと思ったのに、最初に連れてこられたのはソファ席だった。そこで「ドライシェリーでいい? それともなにか好みのカクテルがよければそれで」と声を掛けられたが、好みのカクテルなど判らないベスは、「シェリーで」と返事をした。実際にはシェリーを口にしたのは数回しかない。それも学園にいた頃の話だ。ナッツの香りといえなくもないが、少し黴臭いような不思議な香りがしてベスは好きになれなかった。
けれどカクテルの名前も知らないベスに好みのカクテルなどある訳もなく、実際の処ただ「食前酒は何がいい?」と訊かれたらシェリーすら頭に浮かばなかっただろう。なのに、そんなベスに目の前のソムリエが試練を仕掛けてきた。
「シェリーでしたら、本日はドライ、ミディアム、クリームがご用意できます」
シェリーにそんな種類があるなんて! ベスは目の前が暗くなる思いがしたが、横でバードが「俺はドライ。ベスはどうする?」と声を掛けてくれたことで肝が据わった。
「ごめんなさい。不調法なもので違いが分からないの。教えて下さるかしら」
素直にそう告げると、ソムリエは「よろこんで。それが私の仕事です」柔らかく微笑んで、丁寧に教えてくれた。
「ありがとう。普段あまりお酒は飲まないものだからわからなくて。できれば酒精が弱くて口当たりの良いものがいいの。だから、えぇと」
甘口から極甘口を並べられても困る。しかもより甘くて口当たりが良い方が酒精が高いなどもっと困るとベスは悩んだ。
「お嬢様はシェリーを、と仰られておりましたが、もしよろしければミモザというシャンパンをオレンジジュースで割ったものなど如何でしょう。女性にも飲みやすいと評判ですよ。もしくはお好みの果物で酒精なしのカクテルのご用意もできます。なんなりとお申し付けください」
酒精なしも大丈夫だと知って、ベスはホッとした。
実際に深酒をしたことはないが、食事の際にも赤と白を飲むことを考えるとできるだけ控えておきたかった。
「ありがとう。では酒精は食事中だけにします。オレンジで何かさっぱりとしたものを作って頂けるかしら」
「お任せください。ではただいまお持ち致します。こちらは本日のメニュー表でございます。どうぞご覧になってお待ちください」
メニュー表を差し出したソムリエが頭を下げて去っていく。その後ろ姿をホッとしてみていると、横に座っていたバードが面白そうな顔をしてベスを見つめていた。
「なあに?」
「いや。知らないことを知らないとハッキリ言える女性っていいなと思って」
「馬鹿にしてるんでしょう?」
「してないよ」
「してたわ」
「お待たせいたしました。ドライシェリーと、カシスオレンジでございます」
しゅわしゅわと炭酸の泡が浮き立つほっそりとしたグラスがベスの前に置かれた。
濃い紫色の層とオレンジ層にきっちり二層に分れている様子が面白くて、ベスはつい感嘆の声を上げた。
「綺麗だわ!」
「ありがとうございます。マドラーで軽く混ぜてお飲みください」
何故、炭酸の泡では二層が混じり合わないのだろうと不思議に思いながらベスはそっとマドラーを動かし、グラスの中の色が変わっていくのを楽しんだ。
そうして、ちらりとソムリエの顔を伺うと小さく頷いてくれたのを確認して口へ運んだ。
「おいしい。思ったより甘いのね」
「カシスシロップをグラスに注いだ後、ほんの少量ですがガムシロップを入れて蓋をするのです。その蓋を突き破らないようにそうっとオレンジジュースを注ぐのがコツですよ」
「絶対に私には無理そうだわ。また飲みたくなったらここにお伺いしますね」
「ありがとうございます。光栄です」
その後、ソムリエはウェイターに入れ替わり、メニューについて説明を受けた。