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2-6.デート

6.



「天使が降りてきたのかと思った」


 階段下まで迎えに来てくれたバードが笑顔でエスコートの手を伸ばした。

 ベスは、それまで手を預けていたアジメクに向けて小さく頷いて下がらせて、バードの手に自分のそれをそっと乗せた。


「私が天使だとしたら、貴方は……あなたは……あくま?」


 こういった気の利いた会話をまるでしてこなかったベスに、才気エスプリの効いた返しなど浮かんでくる訳がなかった。天使と対になるといえば悪魔だろうと安易に口から出してしまってから、それがまったく誉め言葉になっていないことに気が付いた。

 ──言うに事欠いて婚約者を悪魔呼ばわりしてしまった。

 ベスは自らの失態に愕然とした。


「くくっ。悪魔か。そうだな。天使である貴女を自分のところまで引き摺り下ろして所有印を刻み込みたいと希う俺は、悪魔なんだろう」


 軽く乗せただけだった手を、ぐいっと力強く引かれてベスはそのままバードの胸の中へともたれかかった。


「あっ」

「シー。静かに」


 抱き込まれたまま、その首元でバードが何かをしている気配がした。

 くすぐったいその感触に、打ち震えてしまいそうになる身体をベスは懸命に抑えた。


 すでに会話で失態を晒したばかりの身で、ここで更にバードを突き飛ばすなどという失礼な行為をする事はできない。必死に目を閉じて、バードが自らベスを解放してくれるその時が来るまで、ベスは数を数えてひたすら耐えた。



「あぁ、よく似合う」

 できた、と解放されたベスがほっとして顔を上げると、その耳と首元にどっしりとした重みが伝わってくる。動きと共にしゃらりという音がそこから生まれ、そして肌には冷たさを感じた。


 慌てて手をそこに伸ばしながら、ベスは鏡を探した。


 傍で控えていたアジメクが手鏡を差し出すと、そこには、華やかな化粧をされた自分が見たことのない愛らしいチョーカーとイヤリングを身に着けている姿が映し出されていた。

 チョーカーもイヤリングも、ちいさな琥珀の粒が金の鎖によって編み込まれ花の模様を浮かべているとても繊細で愛らしい造りだ。

 ベスが右に左にと首を動かして鏡の中を覗く度に、ランプの灯りを受けて煌めく。


「素敵だわ」


 ほぅっとベスは興奮にため息を吐いた。


「天使に振り向いてもらいたくて、悪魔な婚約者は必死で宝物を搔き集めてくるのさ。さぁ、いこう」




 そのままバードにエスコートをうけながらベスは馬車へと乗り込んだ。


 普段バードが乗っている軽装馬車ではない。美しい装飾がなされた箱馬車キャリッジだった。


「こんなに素晴らしい乗り心地の馬車は初めてよ」

「最新式の発条ばね式サスペンションが使われているそうだ。俺の馬車は、2人乗りの軽装馬車だからなぁ」

「お忙しいのだから、速度を優先するのは当然だわ」


 ふかふかのクッションが敷き詰められているだけでなく、発条を使った懸架装置つきなので、路面の凸凹による揺れを感じることなく乗っていられるらしい。

 手触りのいいクッションを撫でながらの会話はとても馬車の中だとは思えないほどゆったりとしていて、暗くなっていく夕方の空の色の変化を楽しみながら、ベスはバードとふたりの短い馬車の旅を楽しんだ。



「あら?」

「どうしたんだい?」


 会話が弾んで、弾み過ぎた。

 いつの間にか窓の外の空は真っ暗だった。藍の時間は終わり、すっかり夕闇の帳が落ちている。


「ねぇ、道を間違えてしまったのではなくて? すぐ近くのお店に行くのに、こんなに時間が掛かる訳ないわ」


 ベスの問い掛けに、バードは片頬笑いで答えた。


「いつものお店、ね。なぜ今夜のディナーがそこだと思ったんだい?」



「え?」




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