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2-5.ドレスアップ

5.



 くすくすと笑い声が後ろから聞こえてきた。


「アジメク。声を掛けずに背後から近寄るのは趣味が悪い以上に、マナー違反だわ」


 ベスはこれでも、貴族令嬢なのである。嫁入り前の男爵家の跡取り娘だ。

 35歳……もうすぐ次の誕生日がくるけれど、それでも幾つだろうと未婚の令嬢であることに変わりはない。


「失礼しました。レディ・エリザベス。御着替えのお手伝いに上がりました」


「あら。あの侍女の娘はどうしたの? 午後のお茶の時間まではいたわよね」

 王宮から派遣されているこの屋敷の使用人は、想像よりたくさんいて、食堂にも専任の料理人がいるし庭師もその下働きもいた。


「先ほど早上がりしております」

「あぁ、そういえば朝そんなことを言っていたわね」

 明日、明後日とリリのお休みの日なので、今日は早上がりをして実家に顔を出したいのだと言っていた。


「ハイ。ですので、私が代わりにお召替えのお手伝いにあがりました」


 そういったアジメクの顔は真面目そのものだったが、真面目そのものだからこそ、その中世的な顔と身体がより男性めいてみえて、ベスは硬直した。


「大丈夫ですよ、レディ・エリザベス。私にお任せください」

「……わ、わかったわ」

 まるで高い所から飛び降りる決心でもしたかのように、ベスはその全身に力を籠めて、なんとか肯定を口にしたのだった。




「すごい。これが、私?」


 後ろにひと房だけを残した以外、灰色掛かった髪には琥珀色と赤のリボンが複雑に編み込まれてキッチリ纏め上げられている。

 顔の周りに濃いめの色が入ったからだろうか、いつもより濃いめの化粧も浮いていなかった。

 目尻にぽってりと乗せられた紅が、平凡なベスの顔を色気のある雰囲気に魅せていた。


 けれど、化粧もそうだが、なにより違うのは着ているドレスだ。


「如何でしょう。レディ・エリザベスご自身では絶対に選ばれないラインだと思いますが、あのお店には似合うと思いませんか?」


 それは華やかなドレスだった。

 落ち着いた濃い茶色のドレスには赤いパイルで縁取りがされている。派手になりすぎない微妙な幅のそれがいいアクセントとなっていた。そうして裾と身頃には金糸で刺繍が施されている。金糸も落ち着いた色味のもので、光の具合によっては琥珀色に近く見えるものだ。スカートの中のパニエはポリュームが控えられており歩いているだけならほとんど見えないが、踊り出したらちらりと見える絶妙具合で色は情熱の赤だった。


「ダンスで髪が乱れるようなことにでもなったら、デートの楽しさ半減というものです」


 しばらく少し離れた後ろからベスが鏡に映る自分に感心しているところを見ていたアジメクだったが、何が気に入らなかったのかすっと近づいてきてベスの顎を掴んで顔をあげさせた。


 そうして、胸元から取り出したコームで前髪を撫でつけ直すと、再び一歩後ろへ下がった。


「うん。完璧ですね」


「ありがとう、アジメク。でも……少し大袈裟ではないかしら。あのお店では浮いてしまうのではなくて?」


「いいえ、私のコーディネートは完璧です」


 そう言い切るアジメクを押し切って着替えるのは無理そうだった。

 それにしても、鏡の中のベスはこれまで見たことのない顔をしていたけれど、半分とはいえ上げた髪のせいか耳と胸元が妙に寂しい。

 しかし、確かにこのドレスにアクセサリーまで着けていたら、それこそあの店には仰々しすぎて相応しくないだろうとベスは納得した。



「さぁ。バード様がお待ちです」

 男装の麗人スタイルのアジメクに手を取られて階段を下りると、そこには正装したバードが待っていた。


 仕立ての良い夜会服が、とてもよく似合っていた。





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