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2-4.仮初の婚約者

4.




「今日の仕事が終わっているなら、今夜は2人で食事に行かないか?」


 その言葉に、思わずベスの頬が赤くなった。

 ──はずかしい。バードが誘ってくれるのは、この契約上の婚約を本物らしくみせる為だけなのに。

 女性との交友関係が豊富なバードには大したことでもないのだろうが、ベスにとってはこんな風にデートに誘われる関係など、初めてのものなのだ。

 お芝居だと自分で自分に言い聞かせていても胸が高鳴る。


「えぇ、いいわ。できればもう少し早く誘ってくださるともっと嬉しいのだけれど」


 本当ならもっと甘えた態度で喜ぶべきなのだろうが、拗ねた態度で受けるだけでも精いっぱいだった。


「ははは。いつも突然で悪いな。急遽この後の時間が空いたんだ。忙しくてなかなか予定の立てられない俺だけど、そんな俺と婚約をしてくれてありがとう。愛してるよ、ベス」


 ちゅ、と。


 不意に取られた手の指の先に、やわらかな感触が当てられる。

 バードの唇の温かな感触。

 その熱は、ベスの頬を演技でも何でもない理由によって、真っ赤に熱してしまうのだ。


「っ。着替えて参りますわ」

「踊れるような服でおいで」

 そういってベスを送り出す瞳は金色めいて、まるで本当に愛しい女性に向けるような熱を感じさせるのだった。


 本当は、ベスもバードに合わせて、もっと親し気にできればいいのだろうが、芝居っけのないベスには今以上のことはできない。

 ただ、見つめ返して頷くのが精いっぱいだった。


 この、バードが誘った踊りは、昨今王都で流行っているというワルツではない。

 この治療院の近くに最近できたカドリールが踊れるビアの店が、バードのお気に入りになっていた。店の雰囲気は猥雑というほど砕けてもおらず、清潔で、出てくる食事は美味しかった。これまでのインテ地方にはない、都会な雰囲気がそこにはあった。あくまで、雰囲気、だったが。




 そうして、この会話が、バードのいう「俺の生活に役立つなら」の指し示している部分だった。


 2つの治療院を受け持つ忙しいバードの予定に合わせる為には、私の時間を最大限開けておかねばならないのだ。




 この甘い会話が、契約上の婚約で、仲の良い会話もお芝居によるものだなんて、きっと誰も思わない。



 王宮により手配されている使用人たちは、当然ながらベスとシーラの世話をする、という仕事を請け負っただけの、王宮の医療管理課付きの人間だ。

 月に一度は、その請け負った地区の医療が分け隔てなく速やかに施されているか、運営は正常かについての報告書を王宮へと提出している。


 だから、この屋敷に住んでいるのが臨時医師の婚約者ではないということを知られる訳にはいかない。それを王宮へ報告されるようなことになったら大変だからだ。



 だからベスとバードは定期的に顔を合わせて、甘い会話を楽しんでいる姿を見せなければいけなかった。




 感じる筈のない胸の痛みを無視して部屋へ戻る。

 クローゼットの中は、華やかな衣装でいっぱいだった。


 勿論これらも全て、バードが買ってくれたものだ。


 当に結婚適齢期を過ぎたベスには派手過ぎるドレスの数々は、どれもこれもバードが選んだものだった。


 あの事件の次の日、ベスはヴァリ侯爵領へと連れていかれた。

 そうしてバードが診察を受け持っている間に、「必要な物を何でも好きに買うがいい」と言われて金貨がたっぷり入った革袋をわたされたのだ。

 なので、一緒についてきていたアジメクに「平民が行く店へと連れて欲しい」とお願いすると、面白がるような顔をされながら案内して貰えた。

 悪戦苦闘しながら沢山の店を回って古着で着替えを買い集めたのに、合流したバードにより即行で教会に寄付されてしまった。


 その足で、連れていかれたのは上流階級の女性が誂えるドレスの店だった。

 上等な既製品も扱っているというその店で、サイズの合う服を買い占めようとするバードをなんとか押し留めて、執務に向いている汚れの目立たない紺のシンプルなドレスを2着と、デイドレスを2着、そして迷った挙句に礼装も購入することにして、各ドレスに合った下着を洗い替えや室内着も一緒にお願いするということで話をつけた筈だった。

 しかし、会計する段になって、バードが「どうしても!」とごね出して、結局舞踏会にも出れるような綺麗なアフタヌーンドレスも購入することになったのだ。


 しかし、先週いきなりそのお店から、「ようやくお仕立てできました」と色とりどり沢山のドレスが届いたのだった。

 犯人は勿論、バードだ。

 後日ひとりで店に押し掛けて発注をしていったらしい。

 サイズはすでに採寸済みだったので受けて貰えたそうだ。それにしても、仮縫いが必要なほど高級なお仕立てではないとはいえ、この数はやりすぎだとベスはその時思ったものだった。



「……私の身体はひとつしかないのに」


 思わず大きく息を吐いた。




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