1-30.弱り目に祟り目
30.
「これは酷いな。いや、芸術的手腕だと感心すべきか?」
これだけの犯行がなされていたのに、ベスはそれに全く気が付いていなかった。
パントリー横にある勝手口は、たしかにコンロや作業台などベスが昼食を作る作業をしている場所からは直接は見えにくい。
けれど、人影どころか音すら全然気が付かなかった。押し入られる前に気が付いていれば何かできただろうかと悔やんで、けれど、きっと何もできなかったとベスは結論付けた。
あの、偽大叔父が本性を現すのが早まって、ベスを連れ去るのに成功していたかもしれない、と想像してベスは背筋が震える思いをした。
あの時、バードが来てくれなかったら。
そうして憲兵隊を連れて来てくれなかったら、すべてが間に合わなかっただろう。
ベスは改めてバードへの感謝を捧げることにし、先ほどのユーリへの暴言については広い心でゆっくりと訂正していくことにした。バードもきっと非常事態に動転して男女の友情について疑いの目を持ってしまっただけに違いないのだ。
ベスはゆっくりと息を整え、壊れた勝手口の前でそれを観察していたバードに近づいた。
そうして、バードが見つめていたのは勝手口そのものだけでなく、彼の足元に並べられたモノであると知ったのだった。
勝手口の鍵を取り付ける金具がバラバラにされ散乱していたものは、いつの間にか床に敷かれた白い布の上に綺麗に整列するように纏められていた。その横には、元は扉の一部であった、開いた穴の部分の木の破片まで綺麗に並べられている。凶行の印が整然と並べられたその様子に、思わずベスは笑ってしまった。
多分、現場を検証する資料のために憲兵たちがやったのだろう。
整然と並ぶ凶行の爪痕と、大きな穴が開いた扉は勿論鍵の付け替え程度で何とかなるようには思えなかった。
多分、扉ごと交換になるのだろうが、年代物でもあるし、取付金具なども今のものとは形状が違うのだ。もっとずっと前、ベスが幼い頃に壊れた窓枠の修理の時には父テイトが「窓枠のサイズも使っている硝子の厚みも全然ちがうんだよ」とかなり難儀していたものだ。ただし、吹き硝子で作った窓から板硝子に交換するよりは今回の勝手口の交換のマシだろうとベスは自分を慰めることにした。
しげしげと観察して回って納得したのか、バードが意見を口にした。
「この扉の交換はすぐにはできないだろうな。金具もオーダーしなくてはならないし、扉をつける枠となる石組み自体も交換作業には耐えられないだろう」
「そんなに?!」
「多分ね、ちょっと前のことだけれど、ここの城より古い城の大規模修繕に関わったことがあるんだ。その時の見積もりは凄かったんだ……って聞いてる」
少し前に行われた、このインテバン男爵家のものより大規模な修繕を行った古城には幾つか記憶がある。中でもヴァリアン侯爵家の古城の修繕は特に大規模だったようだ。修繕中に、この地方からも城の修繕を請け負っていた親方が出稼ぎ的に仕事を請け負っていた。その最中に、高齢だったその親方は亡くなってしまい、今では若い弟子が跡目を継いでいた筈だ。
思い出したその事実に、ベスは目の前が暗くなった。
そうだった。跡目を継いだその若い職人は、インテ地方には未来がないとヴァリ侯爵領に移住してしまったのだ。あちらには有名な教会や歌劇場などといった大きくて華麗な建物が沢山あるので仕事に困らないのだそうだ。これまで通り、インテ地方の仕事の依頼も受けてくれるとは言っていたが、ここまでの旅費や宿泊費などが加算され、その費用は膨れ上がるに違いない。
自身の想像を遥かに超える大工事になりそうで、ベスは憂鬱な気分になった。
「はぁ。工事見積経費と合わせて、修繕費用を盗賊団の頭目宛に請求してやりたい気分だわ」
しかし、請求したとしてもその請求書を出すために掛かった経費がよりベスの負担になるだけで、きっと銅貨1枚たりとも支払われることはないだろう。
肩を落としたベスに、バードは苦笑しつつも励ました。
「あぁ。まぁいいさ。修繕に関してはゆっくりやっていこう。それにこの事実があれば、御母堂への説得も容易になるだろうさ」
ぱちりとウインクをされて、ベスは豆鉄砲でも喰らったような顔をしてしまった。




