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男爵令嬢エリザベス・インテバンは、皆に「不幸だ」と指差されている  作者: 喜楽直人
第一章 突然背負った借金と契約としての婚約
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1-3.母シーラの苦悩

3.

 


「ベス! ベス!! 役立たずで、不細工で、不出来な恩知らずの私の娘! 母親がこんなにも苦しんでいるというのに。どうして娘のアナタは幾ら呼んでも来ないのかしら」


 軋むドアを開けて中へと入ったベスの顔に、母シーラが思い切り投げた枕が顔へとぶつけられた。


「申し訳ありません、おかあさま。何か御用でしたか」


 床に落ちた羽枕を拾い上げ、埃を叩いて落としながらベスは母のいるベッドへ近づいた。


「あぁいやだいやだ。なんて冷たい娘だろう。夫を亡くし、病に伏す母の事を気遣うこともなく、用事があるのかと問い質すなんて」

 

 身も世もないとばかりにベッドへと伏せる母の背中を、ベスは優しく撫でた。

「そんなことを言われてはいけません、おかあさま。まだ、お父様の安否は確認がとれていないのですから」

 そうして、枕をそっと元の位置へと戻した。

 それに気が付いた母親が、その枕を再びベスに向かって投げつける。


「なんてことをするの! 床に落ちた枕を、そのまま母に使えというのね?! あぁ、なんて非道い娘なの」


 おいおいと、屋敷の外まで聞こえんとばかりに泣き叫んでみせる母には、どう宥めようとしても無駄だと今のベスは知っている。

 むしろ心を尽くし言葉を重ねれば重ねるほど、母は舌鋒鋭くベスを痛めつける言葉を返してくるのだから。ひたすら黙って頭を下げ続ける他ないのだ。


 厳格だった前男爵の取り決めにより、元平民である准男爵であった父テイトを婿にすることに対してプライドが傷つけられたと常に嘆いていた母シーラは、その平民の血を強く引く灰色掛かった茶色い髪と瞳を持つさえない外見をした子供を産むことになったと嘆き続けていた。

 エリザベスは、如何にも平民の血を引いた子供であり、その母にさせられたことに傷ついたと、言葉と態度で表すことに躊躇うことをしなかった。取り繕うことなく紡がれた言葉を生まれたばかりのエリザベスに投げつけることも常態化していた。


 そうして、これ以上の辱めには耐えられないと、「私が婿を取ったのだから」と貴族の妻として男子を産むまで努めることを断固として拒否することを宣言したのだ。子供は一人で十分だと夫テイトとの触れ合いを一切拒否、長じて聡明だと評判となったエリザベスへの態度も、冷たいのひと言だった。


 だが、そんなシーラも学生時代の友人が嫁いだ子爵家の二男とのエリザベスの婚約が成立してからは少し軟化していたのだ。

「早く孫の顔が見たいわ」と嬉しそうに笑う母に、ベスの心も浮き立った。


 けれど、その婚約者が、学生時代にできた年下の恋人と抱擁し『エリザベスと結婚してインテバン男爵位を継いだら、あんな女は家から追い出して君を迎えに行くつもりだ』というふざけた愛の言葉を告げているのを聞いてしまったベスは、怒りのままにその男の頬を持っていた扇子で振り抜いてしまったのだ。

 前歯が欠けて間抜けな顔になった元婚約者を思い出す度に思い浮かぶのは後悔より『ざまぁ』という思いだけだったし、あんな男にこのインテ地方を任せることにならなくて良かったと思うばかりだ。

 しかし、貴族令嬢として相応しい対応だったかといえば、間違っていたとしか言いようがないのは確かだ。


 ベスが安易に手をあげてしまった結果。双方の有責の下、破談となった。

 本来なら、先に浮気した挙句の果てに婿入り先を乗っ取る計画を立てた男が悪いと判断され、インテバン男爵家は多大なる慰謝料を受け取れただろう。

 協議の上で正式な手続きに乗っ取った破談であったなら、しばらくは噂になりこそすれ、爵位を継げない二男三男は沢山いるのだから次の縁談もそれなりに入ったかもしれない。


 元婚約者の浮気とベスの暴力行為。どちらの方が悪いと聞かれれば、ベスは浮気だろうと思うのだが、世間では女性が男性に手を挙げるなどありえないというのが一般的で、社交界から締め出されたのはベスの方だった。

 破談の理由に、女性から男性への報復としての暴力という経緯が入った途端、それは女性にとって大きな瑕疵となり、爵位と領地があろうともベスの下へ貴族の子息との縁談が舞い込んでくることは無くなってしまったのだった。


 父テイトは、落ち込むベスに「大丈夫だよ。いつかきっと、君を一番に想ってくれる男性が現れるさ。だってエリザベスは僕の自慢の娘だもの!」と肩を抱いて言ってくれた。

 それは何年経っても次の縁談が結ばれることがなくとも、ベスに対する父の笑顔と言葉はずっと変わらなかった。


 だが、母シーラの落胆はベスの想像をはるかに超えたものだった。

 破談の話し合いの席から帰って以来、母シーラはこの屋敷から一歩も出なくなった。

 この寝室だけがシーラの世界となった。

 二度と社交界に顔を出せないと嘆き悲しみ、その原因を作ったベスを罵る毎日。

 旱魃に領地が喘いでいようとも一切顧みることなく、インテバン男爵家の血を継ぐ正しき跡取り娘であったシーラ・インテバン男爵夫人は、ただ毎日ベッドの中からわが身の不幸を嘆くばかり。

 家政を取り仕切る女主人の役目も、男爵家の血を引く女性としての責任も、一切合切を放棄して、その全てをベスに押し付けながら、ベッドの中で体の不調を訴え続けてきた。それがもう、17年も続いているのだ。




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