1-27.更なる苦難
27.
意気消沈してベスは、階段を降りていった。
途中、ユーリが忙しく部下へと指示を出している姿を見かけたけれど声を掛けることなく、台所へと足を踏み入れた。
そこで、なにか違和感を感じてしばらく周囲を見回した。
何に違和感を感じたのだろう、と不思議な気分で奥へと足を進めていく。
「ヒィッ」
勝手口の周辺の床に何かが散乱していた。それは小さな何かの金属部品と木片で、勝手口のカギを外から壊した痕跡だった。
ぽっかりと開いた穴から、外が見えている。
穴から入ってきた風が、台所の空気を押し流し、いつもと違う空気の流れを作っていた。それがベスの感じた違和感の正体だった。
台所の入り口付近からでは全く分からなかった。けれど、日常を脅かす痕跡がありありと残ったそれに、ベスは先ほど自分が置かれていた状況は、白昼夢でもなければ冗談でも劇でもなんでもない、紛れもない犯罪行為のターゲットにされていたのだと突きつけられた気分だった。
颯爽と現れて危機一髪のところから救い出してくれたバード医師と、懐かしい旧友の尽力により、その犯罪行為は潰えた。
けれど、その事実がなかったことになる訳ではないのだ。
ベスは、どうしようもなく震え出す身体を両手で抑え込むように自身の身体を抱き締めた。それでも止まらぬ身体の震えと段々と手足の先から冷たくなっていく気がした。
そのまま、どれくらい立ち尽くしていただろう。
「ベス?! どうした、大丈夫か。あぁ、これは酷い。すぐに修理を呼んだら来てくれるだろうか」
誰かに声を掛けられていた。
「そんな修理代もないのに?」
遠くで聞こえるような誰のものともわからない声に、ベスはぼうっとしながら答えた。壊れた扉を見つめているつもりだけれど、なかなか焦点が合わなくて、扉の様子もよく見えないままだった。
「ベス? おい、大丈夫か? ……こっちで、椅子に座って待ってろ」
扉をよく見て考えて、どうすればいいのか考えなくてはいけないのに。
ベスは上手く働かない頭の動きにぼうっとしたまま、いたわるように添えられた手に随って、傍にあった椅子に腰かけた。
「とりあえず水でも飲んで待っていて。部下に指示を出したら戻ってくるから」
そういってその人はベスの傍から離れていった。
手渡された水を口にすると、少しだけベスは頭がはっきりした。
ベスは大きく息を吐くと、いまだぼうっとする頭をハッキリさせようとこめかみの辺りを軽く揉んだ。
そういえば、昨夜屋敷の戸締りをきちんとしたのに、大叔父を名乗る男たちは勝手に中へ入っていた。あれは勝手口を壊して入ってきていたのかと納得する。
頑丈だと思っていたけれど、旧式の錠前の掛ける金具が取り付けられている古い木の部分を物理的に壊されてしまえば、鍵を壊すまでもなく侵入できたのだろう。
きっと、あの一週間前の話し合いの時に、裏では下見をしていたのだ。
詐欺師の狡猾さにすっかりやられてしまったのだと、ベスは大層落ち込み机に顔を突っ伏した。
「これ、使ってくれないか」
ゴトッ。
行儀悪く机におでこをくっつけたまま目を閉じていたベスの顔のすぐ前に、革袋が置かれた。
その、鈍い音と革袋の大きさに、ベスの目が見開かれた。
「これ……」
中身は金貨だろう。それもかなりの額になるに違いない。
触らなくともわかる。
目が離せなくなってしまったそれに、ベスは決して手を触れようとしないまま、何度も強く首を横に振った。
「受け取れない、なんて言ってくれるなよ。俺達は、友人だろう?」
ずいっとベスの方へと、ユーリが革袋を近づけた。
「なぁ。俺は、それほど甲斐性無しに見えるのか? たしかにあの大飢饉の時には俺の方も余裕がなくてどうしようもなかったけれど、今、目の前で困っている友人の安全を確保するくらいは、力にならせて欲しい」
筋肉質の大きな身体を縮こませ遠慮がちに援助を申し出る旧友に、涙が出た。
優しくて頼りになる、ベスの友人。こんなに久しぶりの再会だというのに、あっさりと大金を差し出してくれるのだ。
けれど、だからこそ、ベスにはこのお金を受け取ることはできなかった。
「駄目よ。これは受け取れないわ」




