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男爵令嬢エリザベス・インテバンは、皆に「不幸だ」と指差されている  作者: 喜楽直人
第一章 突然背負った借金と契約としての婚約
26/136

1-26.誤解

26.




「……ない、なんて言ってない」

「?」


「明日は無理かもしれない、と言っただけだ。無理だなんて言ってない」


 強い瞳で否定されて、ベスの足が下がった。


 訂正するところはそこなのか、と思わなくもなかったが、気に入らない時は何もかもに対して文句をつけたくなるものなのかもしれない。

 ベスは大人しく「申し訳ありません」と頭を下げた。


 しかし、そんなベスの下手にでた態度も拙かったらしい。


 バードの機嫌はより一層悪くなっていく一方のようで、ついには黙ってベスの肩を押し、寝ているシーラの診察に移ってしまった。


 その背中が、話し掛けるなと言っているようで、ベスは消沈しきって、「お茶をお持ちしますね」と客間から出ていこうとした。


 その後ろ姿に、「アイツの所に行くのか?」と声が掛かった。


 振り向いたが、バードは未だに母シーラの診察を熱心にしている最中のようで、脈を取ったりしている。


 言われてみれば、どこに駐留していたのか分からないが急いで駆けつけてくれたのだろう憲兵隊の方たちにも、お茶を振舞うくらいはした方がいいだろうと納得したベスは、


「そうですね。憲兵隊の方々にも、お飲み物をお出ししてこようと思います」


「アイツは、結婚してるんだぞ?! 子供もいてっ」

「男の子が2人と、末っ子は女の子ですよね。上から、エイム君、マイト君、ミリアちゃん」


「……知ってたのか?」

「王立学園で同じクラスでしたから」

 薄く笑って続ける。


「そして、先ほどのユーリ・ケインス伯爵令息ともうお一人、エレーナ・パルト伯爵令嬢……現在はエレーナ・ハインリヒ侯爵夫人ですわね、そのお二人が、かの有名なインテバン男爵令嬢の婚約破棄騒動の始まりとなる、”元婚約者をぶん殴ってやった事件”が起きた際に、一緒にいて下さった方々です」


 少しだけ、冗談めいた言葉を使ったのは、ベスなりの強がりだった。

 事件そのもの自体は、むしろスッキリしたと思ったほどだったが、その後に続いた諸々は、今もベスの胸を重くする。


 あの不実な最初の婚約はとても不快な出来事だった。子供だったベスの世界を、あっという間に大人の世界へと変貌させてしまった。


 自分の意に染まぬ価値を認められない相手への婿入りを決められたからと、その地位と財産だけを掠め取り浮気相手に捧げるなどという非道な行為を、愛の言葉として語る元婚約者の醜悪な顔とその会話の記憶は、けれどあまりに浮世離れしていたからだろうか、今となっては、ベスの中では薄ぼんやりとしてしまった。


 だが、その後に続く社交界でのエリザベス・インテバン男爵令嬢への扱いには、他人の不幸は蜜の味というが、それが自らに降りかかってくることがないならば、軽い会話に上がる話題というのはショッキングであればあるほど良いのだと、その後の社交界や世間の無責任な噂話により散々なほど思い知らされた。


 そうして彼等2人は、あの婚約破棄は、ベスの暴力によるものだったという社交界の面白おかしく噂された時に、事実を詳らかにして嘘の噂を正してくれた恩人だ。

 もちろん、そこに嘘は入らなかったので、ベスの暴力も帳消しになったりしなかった。

 それでも、元婚約者の浮気と不実な口説き文句が先にあってのことだと周知して貰えただけでも、あの頃のベスにはとても有り難かった。


「当時からユーリ様には仲睦まじい婚約者がいらっしゃいましたし、勿論ご結婚の折にはエレーナ様と一緒にお祝いを送りましたわ。個人ではなくクラスメイト一同の連名で、です。そして、栄えある末っ子ちゃんの名付け親は、エレーナ様なの! うふふ。その時に相談されて私も一緒に案を上げたのよ」


 エレーナ様。母シーラの嘆きと言葉がひどくて、インテバン男爵家に遊びに来て貰うことはいつしか出来なくなったけれど、手紙での交流は続けられていた。

 大旱魃の時も、侯爵家に嫁入りした立場として精一杯の支援をして戴いた。


 ユーリ様とは、エレーナ様の手紙に書いてあること以上の交流は途絶えてしまっていたけれど、今日、その友情はまだ続いているのだと感じることができた。ベスはその幸せに感謝した。

 けれど、ベスにとってはそれだけの存在だ。彼は妻も子供もいる、名門伯爵家の跡取りだ。




 辛い記憶と素晴らしい友人たちとの記憶。それを思い出して語るベスに、バードは対して興味もなさげに「もういい、早く行け」と、振り返りもせずシッシッと手を振って、客間から追い出した。


 まるで邪魔者扱いだとベスはショックを受けた。しかし、今こんな時に学生時代の思い出を語るなど場違いな行動だったと思い返す。


 確かにお荷物でしかない自分の現状を把握して、ベスは視線を下げたまま、台所へと足早に向かった。





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