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男爵令嬢エリザベス・インテバンは、皆に「不幸だ」と指差されている  作者: 喜楽直人
第一章 突然背負った借金と契約としての婚約
21/136

1-21.母の癇癪

21.




「おはようございます、おかあさま。紅茶と軽食を持って参りましたわ」


 天蓋をサッと開けて入る。


 母はすっかり起き上がっていて、けれどいつもの様に私を見て怒鳴りつけたりしなかった。



「どうかしたのですか? もしかして、まだご気分が悪いのですか。ならもう少し寝ていた方が宜しいんじゃありませんか」

 母シーラはぼうっとしていて、まだ半覚醒状態のようだった。


 確かに、昼過ぎまで寝ていることも多いシーラが、夜が明けてすぐのこんな朝早くに目を覚ましていることなど、数年ぶりどころか十数年ぶりだ。


「カーテンを、開けて」

「? ハイ、おかあさま」


 ベスは言われるままに分厚いカーテンを開けて回った。

 ところどころ色褪せ、解れも見える古いカーテンは重くて、非力なベスが明けきるには時間が掛かる。

 それでも、最後まで罵る声が後ろから掛けられることは無かった。


 カーテンを開けると、既に昇りきっていた朝陽がまっすぐに母シーラの寝室に差し込み、隅々まで明るく照らしていった。


 そんな、朝陽が昇る方向を見つめながら、母シーラが呟く。


「……あの人は、死んでしまったのね? 私たちに、借金を押し付けて」

「っ!! おかあさま、それは」


 がちゃん。


 大きな音を立てて、母がベスの用意した紅茶と軽食を床にひっくり返した。


「なによ! こんなもの。しかも明日にはここを追い出されて、食べるものにも困る生活をするんでしょう?! 最後の晩餐だとでもいうの? この、チーズが挟んであるだけの、ちいさな丸パンが!?」


「ちがうんです! おかあさま、落ち着いてください! おかあさま、落ち着いて!!」


 昨日、掛け替えたばかりの天蓋も、ベッドの上から手を伸ばしたシーラによって、ブチブチと嫌な音を立てて引き剥がされていく。

 古い繊維は脆くて、あっという間にそれは裂けて襤褸切れへと変わり果てた。



「もうおしまいよ! あんな平民を婿にしたせいで! あんたが子爵家の、彼女の息子に、たかが浮気ごときに怒って暴力を揮ったせいで!! 全部、全部、あなたたち父娘のせいで、由緒あるインテバン男爵家は終わるんだわ!」


 わあああぁぁぁぁっ


 母シーラが、ぐしゃぐしゃのベッドの上に突っ伏して泣き喚いた。


 

「おかあさま。お話があります。最後まで聞いてください」


「いやよ! なによ、廃屋に住んで、あなたが農家の手伝いをして恵んでもらった食事をふたりで分け合うような生活なんて、絶対にいや! そんな目に合うくらいなら、今すぐ死ぬわ。死んでやる!!」


「お願いします、おかあさま。話を聞いてください」


「いやだっていってるでしょう! 絶対に嫌よ、私はそんな平民からお情けを受けてまで生きていたくないわ」


 大粒の涙を流していやいやと首を振る母シーラを前に、ベスは途方に暮れていた。

 早く話を始めてしまえばよかったと後悔しても、遅すぎた。



 続きは泣き叫ぶ母シーラが落ち着いてからにしようと、ベスは寝室を後にした。


 けれど、きちんとベスの言葉を聞いてくれるようになるまでシーラが落ち着くには、どれくらい宥め続ければいいだろう。

 今日は、朝から昨日の枕カバーや天蓋の洗濯もしなければならないし、昼には鴨のローストで作ったスープを仕込もうと思っていたし、と現実逃避の一環なのか、ベスは今日やらなければならないスケジュールを思い浮かべ、陰鬱な気持ちで動き出した。




 そうして、ベスはなんとか大物の洗濯物を洗って干す。昼食のスープを仕込んで、今度は水分が蒸発し切ることのないようにたっぷりと水を入れて煮込んでいる間に、屋敷の隅から隅まで掃き清めていった。

 昨日はまったく手に付かなかった、領地に関する申し入れに関して緊急度の高いものと低いものに振り分けたり、父に代わって決済に必要なサインを代行として書き封蝋をする。


 細々とした仕事をしているウチに、いつの間にはお昼の時間を過ぎていた。

 水を継ぎ足し継ぎ足し煮込んでいたスープのいい匂いが辺りに立ち込めた。




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