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男爵令嬢エリザベス・インテバンは、皆に「不幸だ」と指差されている  作者: 喜楽直人
第一章 突然背負った借金と契約としての婚約
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1-2.父テイト

2. 


 エリザベスの父テイトは、このインテ地方を治めるインテバン男爵家の婿として、一人娘であるシーラと婚姻を結んだ。


 王立学園高等部にて農作物の改良に関する研究で一目置かれる存在として一代爵である准男爵の位を与えられていたテイト・ロスは、前インテバン男爵だった祖父から旱魃に強い農作物に関して相談を受けた縁で、一人娘の婿として白羽の矢を立てられた。

 男爵位を継いでからは、農家の収入を増やす為の販路拡大についても興味を示し、領民と力を合わせて農作物を使った新商品の開発に勤しむなどの努力も惜しまず、領民から信頼を得ており、領地経営は順調だった。


 だが、10年ほど前から徐々に天候不順が続き、8年前から3年間も続いた大旱魃とも呼べるそれにより、確かにこの地は多大なる被害を受けた。貯め込んでおいた備蓄も男爵家の財産も、すべて吐き出すことになった。

 その後も、一度壊滅的なまでに落ち込んだインテ地方の農業は、この地に続く天候不順の影響を受けて収穫量が元の水準まで戻せないでいた。

 インテバン男爵となったテイトの尽力と王国からの手当もあり、餓死者はでなかったものの生きていくぎりぎりレベルの生活が続いている。


 領主であるインテバン男爵家としても、食事の品数も少なくしたり、雇っていた侍女や侍従を断り、今は力仕事を引き受けてくれる下男を週に一度だけ来て貰っている有様だ。ベスが新しいドレスを作ったのも、天候不順となる前だから10年以上前の物となる。刺繍以外に針を持ったこともなかったベスだったが、今となっては3着から2着を作るようにしてリメイクし直して着続けている。そんな貴族とも呼べないような倹しい生活を強いられている。

 それでも、それだけで済んでいたはずだった。


「借金を、していたなんて」


 ぽたり。すでにくしゃくしゃになっていた新聞にベスの涙が落ちた。


 突然訪ねてきた父の親族。顔も名前も知らない大叔父を名乗るその人は、きっとこの記事を読んで胸を痛めて飛んできてくれたのだと思ったのに。


『親族という事もあって口約束だけで金を貸したが、その金を借りた当人が死んだとあっては話は変わる。今すぐ全額返済して貰おう』

 お茶を出す間もなく告げられた言葉に、どれだけ驚いたことだろう。


 新聞に書いてあった記事は、ベスの手の中で皺になり、今は読めない。

 だが、その手の中にあるのは一週間も前のものだ。そこに書いてある内容は何度も読んでいるので、すっかり記憶してしまっていた。


『今月入港予定であったシン国からの貿易船エンデリア号は海峡の手前で嵐に巻き込まれ沈没。積み荷の一切は海へと沈み、乗員・乗客の安否も絶望的である』


 東にあるシン国へ、父テイトが起死回生となる新たな農作物の種を求めて旅だったのは一年前だった。

 大旱魃の危機をなんとか乗り越え、領民の命こそ守れたものの、このままではインテ地方に未来はないと思い立ったのだと、父は言っていた。

『国立学園高等部にいた頃の伝手を辿り、旱魃に強く収穫量も多いとされる麦を絶対に持ち帰ってみせる』そう、強い決意を胸に旅立っていった。

 シン国までは船でひと月掛かる。季節によってはそれ以上のこともある、遠い国だ。

『ついでに他になにかこのインテ地方の為になる物があったら、それも手に入れてくるさ』

 心配するベスに向けて、明るい笑顔でそう安心するように告げた父の声も笑顔も、まだハッキリと思い出せる。


 そうして。遠い国故に連絡もなかなか取れずにヤキモキしていたベスの手元にようやく『ようやく胸を張って帰れる成果を得られた』と船のチケットも取れたのだと『インテは港からも王都からも離れた田舎だから、もしかしたらこの手紙がお前たちの手元に届くより先に国に足を踏み入れているかもしれないな』という父らしい冗句で締められた手紙が届いたのは、その船が沈んだという恐ろしい記事の乗った新聞と同時だった。 

 

「おとう、さま。本当に、お父様は、天の国へと旅立ってしまわれたのですか? 私と、母を置き去りにして……?」

 本当は、今すぐにでも港街へと出向いて父の消息について確かめたい。せめてその手前にある王都でもいい。だが、現在のインテバン家には王都へ向かう資金も人手もなにも無い。


 ずるずると、その場に頽れたベスの名前を、その母が呼ぶ怒鳴り声が響いた。


「ベス! エリザベス!! 何故呼んだらすぐに来ないの!」


「はい、おかあさま。今お伺いします」


 ベスは慌てて涙を拭いて、二階の母の部屋へと駆け上がった。




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