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男爵令嬢エリザベス・インテバンは、皆に「不幸だ」と指差されている  作者: 喜楽直人
第一章 突然背負った借金と契約としての婚約
19/136

1-19.甘くて苦い

19.




「!!」


 受け入れたのは自分だったが、すっかりそんなことは忘れていたベスは、真っ赤になって「契約婚約ですから!」と反論した。

 バードはそれにも笑って、「では契約上の婚約者様に、初めての贈り物を」と仰々しくポーズを取って、テーブルの上に置いたままになっていた大きなバスケットをベスに向かって差し出した。



「まぁ!」


 バスケットの中には、大きな鴨のロースト、沢山のチーズ、ピクルス、丸くて白いパン、そして果物とワインが入っていた。


「なんだっけ。あとこっちには女子供を誘惑するのに最適だっていうモンが入ってるって言ってたぞ」


 追加の様に差し出されたのは、綺麗なラッピングが施された小箱だった。

 差し出されるままにその小箱を受け取ったベスは、金色のリボンに掛かれた飾り文字から中身を推測しようと頑張ったが、結び目に隠されてよく分からなかった。

 

「これは?」


 どうぞ、と手だけで示されて、素直に開けることにした。


「まぁ!」


 それ以外に言葉を忘れてしまったのかと自分で思ってしまって顔が赤くなった。


 中に入っていたのは、王都で有名なチョコレートだった。

 ベスも新聞や本でしか知らないけれど、多分間違いない。

 焦げちゃ色のピースは艶やかで、まるで宝石のようだ。


「これを、愛する人に抓んで食べさせたら、イチコロなんだそうだ」


 そう言いながら、ひと粒摘まみ上げたバードがベスの口元へそれを寄せる。

 震える唇に触れたそれが、ベス自身の体温でゆっくりと蕩ける感触に、そっと口を開けて、それを含んだ。


 ちゅっ


 小さな音を立てて、柔らかなそれがベスの唇を通って舌の上で融けていく。

 その、初めて食べた甘い味を最後まで味わい尽くしたくて、ベスははしたなく舌で唇に残ったそれを嘗めとった。


「っ」


 ちいさくバード医師が息を呑んだ気配がした。


「……そんな風に、男をけしかけるんじゃあない」


 その言葉の意味が分からなくて、ベスはバードを見返していると、バードがベスを見つめたまま、チョコレートを摘まみ上げていた指に付いたそれを、嘗めとった。


 赤い舌が、親指を舐める仕草に、ベスの口腔内は一瞬で干上がったようにカラカラになり、水分を求めてベスは再び舌で下唇を舐めた。


 二人の視線が交差する。


 その、琥珀色の瞳が、また金色に輝いて見えた。



 あやしくも緊迫した空気が満ちる中、どれくらい続いたのかもわからないその時間は、バード医師が両手を降参の形で上げることで打ち切られた。


「しまったぞ。俺の腹が空いてきた。せっかく婚約者殿に届けた貢物を奪い返すような間抜けにならない内に、今夜の処は退散しよう。明日は無理だと思うけど、明後日の朝、必ずまた会おう。今度は書類を持ってくるよ」


 そう、早口で言い切ると、椅子の上に乗せていた外套を持ち上げ、バードは夜の闇へと足早に消えていった。




 突然、放り出されるようにその場に取り残されたベスは、小箱をテーブルに置くと、ノロノロと屋敷中の窓を閉めて回った。



 そうして台所へと戻ってくると、目に入った小箱を、衝動的に床へと投げつけようとして、止めた。


 そのまま椅子に座り、小箱を見つめる。


 その中に残されたもうひと粒を摘まみ上げると、ゆっくりと、舌にのせた。



 ──口の中で蕩けて広がる甘さと苦み。



「……にがい、わ」


 多分、これから先、どれほどベスが豊かでお金持ちになって、もっとずっと高価なチョコレートを食べたとしても、先ほどバードの手によって口へと運ばれたそれより甘くておいしいものではないだろう。


 何故、そんなことを思ったのかは分からない。

 けれど、それが間違いないことだけはわかったベスは、しずかに涙を流した。






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