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男爵令嬢エリザベス・インテバンは、皆に「不幸だ」と指差されている  作者: 喜楽直人
第一章 突然背負った借金と契約としての婚約
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16/136

1-16.悪魔は口が巧いという

16.




「あぁ。そうできれば、と考えている」


 それはベスにとって願ってもない申し出だった。

 王宮が医師の為に用意した住居なら知っている。エヴァンス医師がこの地方にいた頃には何度か晩餐やお茶会へ招待されたからだ。

 それほど大きくはないものの造り自体はしっかりとしていて、ちゃんと庭には小さな東屋があるのだ。薔薇の咲く庭に設えられたそこで何度か、エヴァンス夫人とはお茶会をしたものだ。

 今は温暖な気候であるという故郷へ夫婦ふたりで戻って隠居しているのだと手紙が来た。


「住居はその臨時医師として提供されているものの、現在は放置しているインテ地方にある屋敷を。そうして仕事というのは、インテバン男爵領とインテアン男爵領二つの領地に跨る広いインテ地方を週2回計月8回という極めて手薄い巡回で効率的に診察できるようにする手伝いだ。患者数を鑑みて地区を分け受診日を分けようと考えているんだ。その地区を分ける名簿を作って欲しい」


 そういった仕事なら、確かに土地勘と住民への理解があるエリザベス・インテバンに相応しい仕事といえるだろう。ベスなら隣のインテアン男爵領とも交流もある。治療院で患者を待つだけでは近くに住む住民ばかりを診察することになるが、曜日や日付で対応する地区と紐づけすれば、遠くに住む住民も受信し易いかもしれない。


「まぁ! それはとても素敵な提案だと思うわ」

 逸る気持ちのままに、思わず声を上げたベスを、バード医師は表情を変えないまま押さえた。


「まだある。それが順調に行くようになったら、患者のカルテの管理、それに診察予約も受けたいと思っているんだ。そういった細かい事務作業全般を任せられる人を探しているんだ。エリザベス嬢、キミにできる自信は?」


 思ったよりやることは多そうで、ベスはワクワクしてきた。

 領民とも直接かかわれるし、毎日忙しくしていられるなら、変なことを考える余裕もなくなるだろう。

 農作業の収穫の手伝いだって素晴らしい仕事だとは思うが、どちらかというとアレは元使用人たちの少ない仕事を奪っているような気がしてならなかった。出して貰えるという軽食もそうだった。未だ飢饉の後遺症が色濃く残るこの地で、他人の食い扶持まで責任を持つのは難しい。


「給料も、ちゃんと王宮から出る。屋敷を整える使用人だけでなく王立治療院の事務職員としての手当てだ。職務規定なんかは取り寄せておこう」


「お給金もいただけるの?」 

 なんて素晴らしい申し出だろう! 誰かの食べ物を奪うのではなく、自分の力で買うことができるようになるなんて。

 インテバン男爵家の財産を持ち出すことを許されない身としてはこれ以上の申し出などないように思われた。

 母の服も買ってあげたい。私以上に古い物しか持っていなかったし、持って出ることも叶わないのだし、丁度良い機会だ。それほど高級な物は無理かもしれないが、自分の、新しい持ち物を選ぶ楽しさを思い出して笑顔になってくれたら嬉しい。

 その時の母シーラの笑顔を想像して、ベスはほうっと頬を弛ませた。



「しかし、ここで一つの問題がでる。俺は、使っていない権利を誰に貸そうが問題はないと思うんだが、契約の関係上、どうしても変えられない条件があるんだ」


 使っていない権利。屋敷を借り受けるには条件があるということだろうか。それはどのようなものなのか。

 ベスは首を傾げながら、バード医師からの答えを待った。


「あの住居に住むことができるのは、常任医師とその家族。もしくは……その婚約者だけだ」


「!!?」

 ガタン、思わずベスは勢いよく席を立つと後ろずさった。


「な、なっ」


 そんなのできる訳がないと怒ればいいのか、正気なのかと問い詰めればいいのか、馬鹿を言うなと申し出を蹴って憤慨しながら出ていけばいいのか。


 思いつく選択肢はどれもこれも、この申し出を断るものしか頭に浮かんでこないというのに、何故かベスの足は動かなかった。


 かといって、ベスには罵りの声も出てこなかった。


 震える手を握りしめたまま立ち尽くすベスに、バードは安心させるように優しく微笑みかけた。


「大丈夫。これは先ほど口にしたプロポーズとは似てるけど全く違う。ただあの屋敷を提供する為だけの、形だけの婚約の提案だ」


「形だけの、契約?」


 その言葉の意味を、ベスは懸命に汲み取ろうとした。


「そう。元々、あのプロポーズも同じ意味を持っていたんだけど、説明もさせて貰えなかったからね。式をするつもりはない婚約だ。なにしろ、花嫁予定の女性の父は行方不明で祝い事をするには向かないからね。けれど、二人の気持ちは固まっているから何年だろうとその日が来るまで約束がしたい。といっても多分あと1,2年といったところだろうが」


「それは、何故?」


「インテ地方の常任医師が決まるだろうからさ」


「なるほどね」

 ヴェリ侯爵領の常任医師とインテ地方の臨時医師。その二つの地位に就いている間だけの契約になるのは仕方のないことだ。

 インテバン男爵家の母娘に住居と生活費を提供する為の、茶番。

 それが目の前の男性が勧める、契約としての婚約という訳だ。


「それで? 私たち母娘の利益は把握したわ。けれど、貴方は? この契約で、バード医師はどんな利益を得ることができるのかしら?」




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