1-13.吐露
13.
「ねぇ。あの日、この屋敷の前ですれ違ったあの男は、何をしにきたんですか」
油断していたからだろう。
突然の質問に誤魔化すことができなかったのは、美味しい紅茶ですっかり気が弛んでいたのだと思う。
カップを持つ指がカタカタと震える。
声を冷静に保つことなど不可能な状態だった。
「な、なんのことで、しょう」
辛うじて言葉だけはそう出せたけれど、その顔の表情も、態度も、すべてが『何かあったのだ』と問い掛けたバードへ告げていた。
「ねぇ、エリザベス嬢。俺はあなたの敵ではありません。この王国から正式に任命を受けインテ地方の治療院を任された医師です。身元の保証は国の折り紙付きですし、なにより俺は、前任者であるハザウェイ医師の弟子として先生からこの地を頼まれたんです。どうか、力にならせてください」
臨時ではありますけどね、とチャーミングに笑って見せるから、ベスも釣られて笑ってしまったのだ。
今もこうして、ベスを見つめる琥珀色の瞳は優しさを湛えてベスだけを見つめている。
目の前には、久しぶりに自分以外の誰かに淹れて貰った紅茶がある。
それはすっかり冷めていたけれど、ベスの孤独と苦悩で凝り固まってしまっていた心を、ゆっくりと温めてくれた。
「おいしい」
もうひと口。それを口へと運べば、「冷めてしまっているだろう? 淹れなおそう」とまで言ってくれるのだ。
この人は、ずっと私が思っていたほど、冷たい人でも意地の悪い人でもないのかもしれない。
それはすでにベスの心の中では確定事項になりつつあった。
そうして。
それ以上、父が渡航して以来、誰からも掛けられたことのない優しい言葉に抗う気力など、ベスにはもう残っていなかった。
「……そんなことが」
父方祖父の血縁だと大叔父を名乗る人が訊ねてきた時には、父の乗っていたかもしれない貿易船の事故についてどこかで知って駆けつけてくれたのだと思ったこと。
名前も知らない相手ではあったが、父から聞いていた遠い親族が南方にいるとい話だけは覚えていたし、なにより父がしたという借金など何も知らなかったので驚いてしまったこと。
信用貸しでしかなく、今を逃せば貸した金を返してもらうことは出来なくなるだろうと主張されてしまい、家財の一切を差し出す様に要求されたこと。
「ゲルス・ザコタと名乗った大叔父は、インテバン男爵家の資産について何も持ち出すなと言いました。そうして、一週間だけ待ってやるから、……それまでに、この家から出ていくように、と」
理路整然とは説明できた気はしなかった。前後の話を行ったり来たり重複させ、わかりにくい説明しか今のベスにはできなかった。
けれど、そのベスのわかりにくい説明を遮ることなく辛抱強く最後まで聞き終えたバード医師は、内容について確認を取った後、「ふむ」と言ったきり顎に手をやって目を閉じてしまった。
あぁ、やはり対して交流もなかった臨時でやってきた医師になど、親身になって貰える筈もないのに。
あれだけゴシップのネタにされることを怯えて暮らしていた私が、自分からそれを差し出してしまったのだと、ベスが最大級の後悔を胸に渦巻かせていた頃。
ようやくバード医師は、その瞳を開いて頷いた。
その表情はどこか明るく、そうしてその口調は楽し気でさえあった。
琥珀色の瞳が、楽しい事を思いついたとばかりに煌めいていた。
「では、簡単だ。俺と結婚すればいい」
勿論、このお話は、
「では、簡単だ。俺と結婚すればいい」
このプロポーズが使いたかっただけの話ですん(笑)




