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男爵令嬢エリザベス・インテバンは、皆に「不幸だ」と指差されている  作者: 喜楽直人
第一章 突然背負った借金と契約としての婚約
11/136

1-11.シーラとバード

11.




「私が呼んだらすぐに来なさいよ! 本当に使えない子ね」

 シーラはベッドの中で、自身の乱れた髪を手櫛で整えながら文句をつける。


 そのシーラの後ろに広がる部屋の惨状はひどい有様だった。

 想像よりは少しマシ、というところだろうか。花瓶は割れ、サイドテーブルは引き倒され、天蓋もぐちゃぐちゃになって床に落ちていたが、被害は限定的でベッド周辺のみで済んでいた。ベッドの中から手の届く範囲にのみ被害が及んだのだろう。


 最悪、窓ガラスが割られている可能性も考えていたが、あの派手な音は花瓶の割れる音だったらしい。

 割れた花瓶に生花がいけられていたのはもうずっと前までのことだった。インテ地方が天候不順になってすぐに、飾られるのはいけられた花ではなく花瓶となった。

 そのことにもシーラは散々不満をぶちまけていた。 

 花瓶に水も花も入っていなくて良かったと思ってから、自分はなんと図太くなったのだろうと笑ってしまった。母の行動に関する感度がズレてきているのかもしれない。


 けれど、この部屋の惨状を完全に無視して、颯爽とした足取りで母シーラに近づいていくバード医師の胆力には叶う気がしない。


「お待たせしてしまって申し訳ありません。男爵夫人の為に、汲み立ての水で特別な薬湯をご用意したかったのです」

 にこやかな表情で、ベッドの中でそっぽを向いているシーラに、盆に乗せた薬湯を勧める。


「さぁ、どうぞ。温かいウチの方が効果が高いですよ」


 差し出した盆の上に置かれたティーカップは、よく見れば母のお気に入りの磁器製のものだった。鮮やかな色彩で描かれた花々が濃い金泥で縁取られているデザインはシーラが結婚祝いに友人たちから贈られたという思い出の品だ。


 しばらくそのカップと、お盆を持ったままのバード医師の顔を見比べていたシーラだったが、それでもベッドへと誘導されると素直にそこへ腰かけると、ティーソーサーごと受け取った。


「どうぞ? お飲みになられたのなら、すぐにベッドでおやすみになられることです。私たちは少し、……部屋を模様替えしたりさせて戴きますが、極力音は立てないようにします」

 ぱちりとウインクをしてみせる、少し気障な仕草もバード医師には様になっていた。

 いつもは不機嫌そのものを体現しているような母シーラも満更ではない様子でその言葉を受けた。


「いい香りね。……私がこれを飲んでいる間に、天蓋から付け替えて貰おうかしら。古めかしくて嫌なのよ。もうちょっと明るいものに変えて欲しいわ」

 

「はい、男爵夫人」

 シーラがいつものように上からの態度で指示を出すと、常なら鼻で嗤って受け流すバード医師が、サッと使用人の挨拶をして頭を下げた。

 そうして、ベスに向かって小さく頷くと「君は掃除を。花瓶の細かい破片があるから気を付けてくれ。それと、天蓋の替えはあるかい? 明るいものがいいらしいけど、どこかから持ってこれるかな」と指示を出す。

 ベスが、二階西奥の客間に掛かっている物を使って欲しいと提案すると、バード医師は少しだけ目を見張ったものの、そもそもの提案に気拙いものを覚えていたベスは視線を逸らしていたので気付くことは無かった。

 そうして、バード医師が何も言わずに頷いて寝室から出ていくと、ベスはその後ろ姿にちいさくため息を吐くと、自分は箒と塵取りを取りに用具室へと重い足を引き摺って行った。



 ゴミ箱に紙を敷いて中へと、大きな破片を軍手をした手で拾い集めていく。手で摘まめそうな大きさの破片を取り除いた後、ベスは箒で丹念に細かな破片を集めて回った。


「男爵夫人、こちらで宜しいですか?」

 客間に掛かっていた天蓋をようやく外し終えたのだろう。バード医師が一抱えもあるそれを持ってきて、シーラに向かって自室の寝室へと掛ける許可を貰っていた。

 許可もなにも、もう2つある客室にはリネン類など掛けていない。使っていない家具のすべてに古いシーツが掛けてあるだけだ。

 使える天蓋は、母シーラの物と、今バード医師が差し出している客間に掛かっていた物のみである。父テイトとベスの部屋にあるベッドにはそもそも天蓋などないのだから。


「うーん、私としてはもうちょっと優雅で繊細なデザインのものがいいのだけれど……でも、今日の処は、もうそれでいいわ。私、もう寝るから。早くつけて頂戴。繊細な私が、明るい中で寝るようなことに、ならない、ように……ううん」


 文句をつけつつも呆気なく且つてシーラ自身が自分の趣味ではないと自室で使うことを拒否した天蓋を受け入れるのを不思議なものでも見るような気持ちで見ていた。

 しかも、母シーラが文句をつけるより先にベッドに潜り込んでいった!

 ベスへの小言が止まらなくなり夜を徹してでも口から悪意を吐き出すことを止めようとしないシーラが、大嫌いだと公言しているバード医師の提案を軽く受けとるとは思わなかった。

 先ほどの薬湯をすぐに口にした時も思ったことだったが、あれは自分の病を受け入れさせた勝利に酔っているのかと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。

 一体なぜだろうと気になったベスは慎重に進めるべき作業中にも関わらず周囲に対して疎かになった。




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