3-53.美しい友情の証
53.
「泊っていってくれたらいいのに」
「だって、一刻も早くあなたのアイデアを形にしたいのだもの! 手紙で伝えるだけじゃダメ。あの菓子を口にした私自身が陣頭指揮を取って、最高に最適な形の乾燥果物を作り上げなくちゃ」
笑顔で張り切るエレーナは、今、ベスが渡せる菓子をすべて抱えて自領へ持ち帰り研究するのだと張り切っていた。
「安心していらして。あの菓子はインテバン男爵領のものよ。契約書以上に、あなたと私の友情に誓うわ」
既にエレーナはあの場で、簡易的なものではあったが提携内容と守秘義務に関しての契約書を書き上げて、お互いのサインを以って割印を交わしてくれていた。
実際に取引を開始した時に発生するであろう金額に関しては、その時に誠意をもって話し合うということだけ書いてある。
口約束で十分だと思っていたベスは目を白黒させたが、エレーナは「手伝ってくれる第三者が存在する限り、その人のちょっとした世間話からでも情報は漏れるの。そうならない為にも、こうして契約書の存在する正式な取引であるという形をみせることは重要なのよ」と言って、引かなかった。
「ねぇ、ベス。あなた頑張ったのね」
突然のエレーナの言葉に、ベスは首を傾げた。
「ここに来るまでに、インテ領の農地を走ってきたわ。麦もとうきびも収穫はどこも終わっていたみたいだけれど、収穫後の農地を耕し直して野菜の苗を植えていたわ。みんな逞しい顔をしていた」
「私の力では……」
ふるふると首を横に振るベスに、エレーナが指を突きつけた。
「馬鹿ね。領民の顔が晴れやかなのは領主家の手腕。手柄なのよ!」
「ひとを指差すのは不作法だと、何度言えば」
エレーナの白い指をぎゅっと掴んで、顔を合わせて笑い合う。
「結婚式には絶対に呼んでね」
そう言って、エレーナは去っていった。
契約書ともうひとつ。
別れ際に、美しい花嫁のベールをベスに手渡して。
「私達の友情の証だから。絶対に身に着けてね」
ベスがエレーナから贈られたのは、カットワークという手法により作り上げられた白いマリアベールであった。
「この私がデザインを考えて、この手で刺しましたのよ。えぇ。刺したのはほんの一部ですし、カッティングワークは熟練の職人に任せましたけど」
いたずらっぽく微笑んで差し出されたそれは、厚手のシルクに描いたデザインの輪郭線を細やかなブランケット・ステッチでかがり、真ん中の部分にカットしてくり抜いて作り上げられたレースでできた、とても華やかなベールだった。
「ふふ。誰から見ても私からの贈り物だとひと目でわかるように、花嫁衣裳らしいオレンジの花と実をデザインした意匠の中に、ハインリヒ家の家紋とインテバン男爵家の家紋を散りばめてありますの!」
「親友として、あなたの為に作ったのよ」
そう笑顔で差し出されて、ベスは胸が詰まってしまいなかなか声が出せなかった。
受け取った艶やかなシルクのベールを胸に掻き寄せる。
真っ白な光沢のあるシルクに、まっしろな刺繡糸が丁寧に模様を描いているベール。全面に施されたカットワーク刺繍が美しい逸品だ。ベールを頭に被った時には結い上げた髪がそこから魅惑的に覗くのだろう。
もちろんハインリヒ領の特産品だ。
収穫期が終わり、短くとも厳しい冬を越す為の剪定を終えた農閑期に家に籠ってできる仕事として発達してきたという。
平凡な茶色の髪はベスにとってコンプレックスの象徴でしかなかったが、エレーナのこの素晴らしいベールを被れば、すこしは自信を持って、ウィズバード様の花嫁として横に立てる気がした。
「わたし、エレーナ様には、不義理しかしてこなかったのに」
震えるベスの肩をひきよせ、エレーナは目を眇めた。
「ふふ。でも、もし私があなたの立場にあったら、あなただって私を切り捨てたりしないでしょう? それに私があなたの友人でいたいと思っているのだから、それでいいじゃない」
「ありがとうございます。大切に、着させて頂きます」
親友からの贈り物だ。式では絶対にこれを着けよう。
ベスはそう心に決めて、遠ざかっていくエレーナの馬車が見えなくなってからもずっと手を振り続けた。




