3-51.インテバン男爵領の夢・1
51.
用意されていたミルクをたっぷりと入れ、少し温くなった紅茶で咽喉を潤す。
「ふふっ」
「ふふふ。美味しいわね、ベス」
ふたりで視線をあわせて笑い合う。
今回出された紅茶も、普段インテバン母娘に供される茶葉よりずっと香り高く深いコクのあるものだった。ミルクをたっぷり入れても負けていない。
「あぁおかしい。いつもはミルクをたっぷり入れないと渋味が強い事だってあったのに」
ミルクをたっぷり入れたくなる理由が根本的に違うのだ。
こんなに分かり易い対応をされていたのだと、ベスは初めてそのことに気が付いて笑ってしまう。
「けれど、これが笑えるのは、エレーナ様のお陰ですね」
ひとりでは気が付かなかった。
インテバン男爵家では紅茶も碌に買えなくなっていたからだ。母シーラが飲む分を手に入れるだけで精一杯。ベスや父は、ハーブティといえば聞こえがいいが、ようは庭に植えたものを摘んでお茶にしていただけなのだから。
「あら、おいしい」
ベスの勧めでテーブルの上に配されていた菓子へと手を伸ばしたエレーナは、その素朴な見た目を裏切る美味しさに目を見張った。
「とても豊かな味わいだわ」
上品な手つきで飴がけトウモロコシがひと粒だけ乗せられた銀のスプーンを口へ運んだエレーナが素直に称賛してくれたことが嬉しくて、ベスは顔がニヤけるのを抑えられなかった。
「どうぞこちらも。こちらも自信作なんです。是非」
エレーナがまだ飴掛け部分のパリパリとした食感とトウモロコシのサクサクの違いを楽しんでいる最中なのは分かっていたけれど、麦菓子の方も押し付けるように勧める。
「やあね。あなたのお式までに痩せるつもりなのに。私を太らせるつもりね」
笑いながらも麦菓子にも興味があったのか、手を伸ばしてくれた。
添えられたケーキトングを上品に扱って、まずはひと粒、皿へと移す。
「こちらは小さな粒の塊なのね」
菓子の差異を興味深げに確認したエレーナが、ちいさなそれを摘まみ上げ、口へ放り込んだ。
口の中でカリポリと弾けるその食感と香りに、エレーナが「美味しいわ!」と相好を崩す様子を、ベスは嬉しく見つめた。
「先ほどのトウモロコシ菓子は素朴で愛らしかったけれど、こちらは少し洗練された見目なのもいいわね」
前回ケイトリン夫人にお披露目をした時は長方形に切り出していたそれは、今回四分の一ほどの大きさの、薄い正方形になっていた。
飴掛けしてあるそれは、ひと口で放り込めても咀嚼するのに時間が掛かる。噛み砕いて飲み込んでしまうまでの間は会話ができなくなってしまう。
貴族の茶会などで使って貰う為には会話の妨げにならないだろうと、料理長と一緒に試作を繰り返し、侍女達からも意見を募り、歯ごたえを愉しめるぎりぎりのサイズとして、この形に決定したのだ。
サイズについて再考することを願い出た際に、ベスは意を決して料理人たちに報酬として声を掛けた。
「ケイトリン夫人にご試食戴いたところ、とても美味しいとお褒め戴きました。とても誇らしかったわ。ありがとう」
この言葉を伝えた時の皆の顔を、ベスは一生覚えているだろう。
領主家の人間として為すべきであったことを初めて自分でしたのだという実感。これを忘れてはいけないと思う。
正直、緊張しすぎて心臓がはち切れてしまいそうなほど拍動を訴えてきたけれど、なんとか用意した言葉を伝えた。本当はもっと自分の言葉で表現できれば良かったのだろうが、それについては今後の課題とすることにした。まずは、伝えることに慣れなければ。
そうしてやる気に満ち溢れた彼らとの意見交換によって、素朴な菓子がいま貴族のお茶会に相応しい逸品になれるかどうか合格ラインに乗れたという実感がある。
今日のエレーナ様の反応も、きちんと言葉にして皆へ伝えようとベスは心に決めていた。




