3-50.ベスとアジメクとエレーナ
50.
「着替えに手間取ってしまって。ごめんなさい」
ようやくベスが着替えて戻ってきた時、応接室にはアジメクがいて、新しいお茶を淹れている最中だった。
「あら。アジメクがきてくれたのね」
すっかり化粧は剥げてデイドレスを涙で汚してしまっていたので、一度完全に化粧を落とし、着替えることになったのでベスが予想していたよりずっと時間が掛かってしまったのだ。
エレーナにお茶のお替りと何か摘まめるものを、と侍女に申し付けておいたものの、まさかアジメクが給仕を買って出てくれるとは思わなかったベスは少し怯んだ。
エレーナ夫人とのお茶会の日に受けたアジメクからの宣告により持つようになった苦手意識は、あの日の裏庭での噂話により決定的なものになっていた。
(──そうだ。セタはともかく、アジメクはバードとミズ・メアリの関係を正しく知っている筈なのだわ)
ぐらり、ベスの視界が揺れる。
あの時のアジメクがどんな返答をしていただろうか。ベスは思い悩んで目を閉じた。
「素敵なドレスね。よく似合っているわ」
「あ、ありがとう、エレーナ。婚約者から贈って戴いたの」
今は益体もなく過去に囚われている場合ではなかったとベスは慌ててエレーナに笑顔を向けた。
着替えてきたのは、古着を買ってきて怒られて買い替えられた内の一着だった。
落ち着いたグリーンのデイドレスは、襟元と袖口にオフホワイトの切り替えしが付いているだけのシンプルなものだ。だが、その落ち着いた色味が、最近手入れが届くようになって艶が出るようになったベスの髪は、灰色がかった茶色というよりも栗色といっても良くなっていたこともあって、お互いがとても引き立て合い顔色もよく見えた。
「へぇ、服のセンスだけはあるのね」
「エレーナったら。バードは……ウィズバード様は、とても、えぇ、とてもよくして下さるわ」
ちらりとアジメクに視線を動かして、ベスはバードを褒めそやした。
ここでの会話は、アジメクからケイトリン夫人へと報告されてもおかしくないということに、ベスは気が付いていた。
別に阿るつもりはないが、無闇に貶しめる必要もない。それだけだ。
アジメクはふたりの会話など興味はないというような顔をしたまま、蒸らし終わった紅茶を注いでふたりへと配ると、テーブルに並べていた菓子について声を掛けた。
「レディ・エリザベス。こちら、お申し付け通りに試作品もお持ち致しました」
これでよろしいですね、と確認されてベスはテーブルに目を向けた。
ベスが作ったトウモロコシの皮で作った篭を上手に取り入れ、ケイトリン夫人へお披露目した時より種類も増えたインテバン領の農作物で作られた菓子たちが、華やかに美しく盛り付けられていた。
これらの菓子はあれから料理人たちと一緒に試作を重ねてきたことで、ベスにとって更なる自信作へとなっていた。
エレーナはどんな反応をしてくれるだろうと思うと、ベスの心が少し浮き立つ。
「えぇ、ありがとう」
ベスが満足そうに頷いたことを確認して、アジメクは頭を下げて「紅茶のお替りが必要でしたら、いつでもお呼びください」と告げて部屋から出ていた。
出ていく時に、アジメクがエレーナと視線を交わしていたことに、ベスはまったく気が付いていなかった。




