1-1.それは突然の
1.
「そんなの……嘘です、お父様が。そんな大きな借金を……」
目の前に座る大叔父ゲルス・ザコタの弛んだ瞼で半分も見えない瞳がぎろりと睨んだ。
「ほう。では儂が嘘を吐いているとでもいうのか、エリザベス? このインテ地方が旱魃に見舞われた時に密かに助けてやった恩を仇で返そうとするような恩知らずでなくて嬉しいよ。親族だからこそ、証書も取らずに金を貸してやったんだ。だが、貸したものはちゃあんと返して貰わんとなあ?」
ダァン、と大きな音を立ててテーブルを叩きつけられて、ベスはあまりの恐怖に震えあがった。
これまで明るくて優しい父親からは甘やかされたことしかなかったので、身体の大きな成人男性から大きな声で上から物を言われたことなど初めてのことだ。つい、反論を飲み込んでしまった。
「いいえいいえ。そういう訳ではありません。けれど、大叔父様。たしかに旱魃は起こりましたが、借金が必要なほどのものではなかったのです。なのに、父が私たちに内緒で借金など」
父テイトから一度たりともゲスル・ザコダなる大叔父の名前など聞いたことのない。
ただ、父の遠い親族に南方で手広く商売をしている人がいる、と訊いたことがあるだけだ。
知らない名前の親族から父がそんな大金を借りたなどエリザベスは全く聞いたことがなかったのだ。だからこそ、きちんと説明をして欲しかった。
だが、そんなベスの主張を、目の前に横柄な態度で座るゲルスが更に大きな声で封じ込める。
「家長が娘に金の話などするものか! 男というものはプライドというものがあるものなのだ! 妻や娘に借金の話などするものではない!!」
大きな声に怯み身を竦めた。そして、そういうものだろうかとベスは逡巡してしまった。
その、ベスが声を呑んだそのタイミングで、それまでずっとベスを睨んでいたゲルスがガハハと大きな声で笑った。
「分かってくれて嬉しいよ、エリザベス! なあに、儂も鬼ではない。可愛い親族であるお前たち母娘が今身に着けている物まで寄越せとは言わないし、この家から出ていくのも今日今すぐとは言わん。明日までは待ってやろう」
「そんな! 明日だなんて、無理ですっ」
慌てて声を上げると、ゲルスが睨むように自分を観察していた。
肉親の情など一切感じることのできないその視線。冷たいそれがとても怖くて、ベスは反射的に顔を背けた。
知らない父の借金。だが、確認を取ろうにも当の父と連絡を取ることは叶わない。
優しい笑顔を浮かべる父の顔が頭に浮かぶ。
今すぐ帰ってきて欲しい。大丈夫だよ、と安心させて欲しいのに。
ぎゅっと目を瞑って両手を胸の前で合わせて捩る。
35年も生きてきて、散々辛い目にあってきた。これ以上辛いことなど何もないと思っていたのに。
ベスにとって人生とは平穏とは言い難いものだった。それでも懸命に日々を送ってきた。その日常が、あまりに突然途切れようとしていた。
貴族家令嬢としての矜持が突き崩され、今にも泣き出してしまいそうになった時、ふっと、目の前でベスを冷たく観察していた大叔父が、笑った。
「仕方が無いな。では一週間だ。どうだ、俺は優しいだろう? 感謝するがいいぞ、エリザベス」
そう、粘着くような視線でベスの身体を見回しながら笑って譲歩を申した。
一週間。突然言い渡された猶予に、ホッとする。確かに短いが、明日といわれるよりずっといい。
「しかし。あと5年、いや10年前だったら、儂がいい嫁入り先を紹介してやったものを。こんなに薹が立った貴族のオジョウサマではな。若さも美貌も財産もない癖に、プライドばかりが高くてもなぁ。まぁどうしてもというなら探しておいてやらなくもない」
失礼すぎる言い草に、むしろベスの心は落ち着いた。
35歳。勝手に値踏みされる失礼な視線なら散々浴び続けてきた。今更そんな失礼な視線や言動に怯むことは無い。だが、断りの言葉だけはきちんと表明しないと面倒なことになる事は知っている。
「申し訳ありません。男爵とはいえ貴族家の跡取り娘である私は、勝手に婚姻を結ぶことは出来ません。私が婚姻を結ぶなら、父と母の承認を受けた相手でなければ」
ゆっくりと、きちんとした礼儀作法を教えられた令嬢らしく大叔父とはいえ平民でしかない親族へ頭を下げたりせずに断りを告げた。
そんなベスの言葉を、ゲルスは気に入らないとばかりにフンと鼻で笑い飛ばした。
「まぁいいさ。気が変わったならいつでも言っておいで、エリザベス。この国で生きるも死ぬも、金が無ければどうにもならないとわかってからで十分だ」
モノの道理の分からぬ世間知らずの貴族の娘だと暗に言われているのは分かったが、ベスはそれに素知らぬふりをして黙りこんだ。
ただ、このまま本当に家を追い出されてしまうのだという事だけが、頭の中をぐるぐるしていた。
「一週間後にまた来るよ。それまでにこの屋敷から出ていってくれ。その時、金目の物を持ち出す事だけは許さない。それだけは、ちゃあんと心しておくがいいよ、エリザベス。栄えある男爵家のご令嬢様が、憲兵に突き出されたくなかったならな!」
ガハガハと大きな腹を揺らして、交渉は終わったとばかりに大叔父が立ち上がり、客間から出ていく。
バタン、と大きな音を立て扉を閉めた大叔父の、ふんぞり返って歩くドタドタという音が遠ざかっていく。それがまったく聞こえなくなっても、エリザベスは大叔父から告げられた言葉の衝撃から動けなくなったままだった。
遠(@aminowash)様のRT企画に参加して戴いちゃいました!
だから正確にはファンアートとは言えないかもしれないけどw
なんときちんと読んで貰って「ベスのその後が気になるから」と
言って頂いたので、多分ギリギリ大丈夫☆
素敵なイラストをありがとうございました!(2022.07.28)
ベスさんに、レースの手袋を着けて戴いたバージョンも戴いちゃいました♡
甘やかされまくり♡
ベスさんが素手ではなくなっただけで、更に淑女っぽさが出て画面が引き締まった感じがしますよねー♪
遠(@aminowash)様ありがとうございましたー! (2022.08.17)
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茉莉花鈴様(@maigoya_alice)のTwitter企画でベスさんを描いて貰っちゃいました!
美人すぎるベスさん♡
素敵素敵ー!!!
茉莉花鈴様、ありがとうございましたー♪
(2023.03.28)




