ケンカ
「うらああああぁッ!!」
力の籠った拳を紙一重で躱す。直線的過ぎるそれは武芸とはかけ離れた素人の拳。かつて共に同じ道場で鍛錬し、切磋琢磨した過去のものとは比べ物にならないお粗末な攻撃。
「ダラアアァッ!!」
今度は回し蹴りが飛んでくる。が、モーションが大ぶり故、僕の目には彼の二撃目がひどく遅く感じられる。バックステップで数歩下がってまた回避。蹴り技の反動が相手のバランスをやや崩させる。
武道家の僕には見るに堪えないものだ。彼――かつての親友の面影はどこにもない。強く、優しく、人として正しい道を突き進んでいた彼。薬物という誘惑に敗北し、堕落を貪り、悪の限りを尽くすようになってしまった僕の唯一無二の親友。いまや彼はどこにでもいるようなチンピラと化してしまった。
「はあッ、はあッ!」
たった数度の攻撃で肩で息をするほど呼吸が乱れている。僕を憎悪で射貫くような荒々しい目つき。まだ勝算があるかのような笑みを浮かべる。
「タツヤ、テメェの妹を誘拐したのはオレ様だ。上玉だったぜェ?」
見せつけるように舌なめずりした。瞬間、全身の血が燃え上がった。沸騰した脳が眼前の相手は敵だ、と改めて認識した。
足首のバネを利かせ、突進。突然の急接近にかつての親友――トモキの反応が遅れた。前進しながら繰り出す、腰全体を巻き込んだ重いブローが彼の顔面を捕らえた。骨が軋む嫌な音。歯さえ容赦なく奪い去る。
大きくよろめいた体に、親友を失った悲しみと家族を傷つけられた怒りのすべてを叩きつける。武道によって鍛え抜かれた拳と蹴りと技に思いの丈を容赦なく乗せて続けざまに放つ。サンドバッグと化したトモキはしばらくの間、不規則な乱舞を舞っていたが、終いには白目を剥いて前に倒れて動かなくなった。
そんな彼を、かつての親友を手にかけたことをこの時だけは何とも思わなかった。今、倒れているのはただの屍。もう僕が知っていた頃のトモキじゃない。
冷たい視線を送った後、僕は走りだした。すぐにでも妹を、やつらの手から解放しなければならない。グズグズしてはいられないのだ。
「待ってろ、アカリー!!」
屍を飛び越え中華街へ、飛び込んでいく。暗雲立ち込める路地裏での死闘はトモキ以外の屍も数多く、戦いの禍々しさを物語っていた。
――にも拘らず。
「カーット!!!」
威勢のいい声が路地裏に木霊した。
すべては迫真の演技をこなすため。
僕は、親友をボコボコにする他なかったのだ。