最終話
「目をつむって、どうしたんですか?」
「……えっ? 私に言わせるの?」
家族になるってことは、結婚を見据えてってことだよね。
色々と段取りをしないといけない。
麻里への説得も大変そうだ。
色んなことが頭の中をめぐっている。でも、今はまず、やるべきことをやらないと!
「キスしてくれるのを待ってるの」
「僕が桜子さんにキスですか? しませんけど」
すぐに唇が接触しそうな至近距離で、はじめくんはぽかんとしている。
何を言っているのか分からないという顔だ。
「さっき家族になるって言ったでしょ?」
「言いましたけど、僕は日本人なので親子でキスしたりはしないですよ」
「おや……こ?」
「はい。僕がママで桜子さんが娘です」
「あっ」
……そりゃそうだ。
とんでもない思い違いをしていた。
はじめくんは私と家族になりたいと言った。でも、それは私と付き合いとか、結婚したいとか、そういう意味じゃない。以前と同じように、私のママになりたいと言っただけだったのだ。
そこに恋愛的な思惑は一切入っていない。
恥ずかしい。
穴があったら入りたいという表現ははこういうときに使うのだろう。
はじめくんへの感情を自覚し、25歳の私は恋愛脳になって勝手に勘違いして、高校生の男の子にキスを迫ったのだ。最悪である。
◆
恥ずかしい間違いはなかったことにした。
幸いにして、はじめくんは何も気が付いていないようだ。
「本当に壁繋がっちゃってるんだ。凄いことになってるけど、これって大丈夫なの?」
はじめくんはこのマンションのオーナーだ。でも、だからといって自由にしていい訳じゃないはずだ。
あまり詳しくないけれど、建築基準法とかそういう法律に引っかかるのではないだろうか。
私の問いに対して、はじめくんはにっこりと無言で笑う。
怖い。
これ以上問いただすのは止めておこう。
「桜子さん、僕の部屋に来ませんか?」
「……いいの? 部屋にあげること、嫌がってたのに」
「桜子さんは僕にとって、唯一無二のかげがいのない、大切な人です。だから、僕のことも知ってほしいんです」
うっ。
恋愛回路が繋がってしまった私は、はじめくんの言葉に翻弄される。
彼にそんな気持ちや意図がないことは分かっているけれど、それでも反応してしまう。
「分かった。じゃあ、お邪魔するね」
「はい、どうぞ」
どんな部屋が待ち受けているのだろうか。
おそるおそる部屋へと入った。
「特に何もないけど……」
部屋の中には特徴的なものはない。机や椅子があるくらいだ。
私の汚部屋と違ってゴミ一つ落ちていない。
部屋の中に仏壇が置いてあって、目をひくのはそれだけだ。
何か見せることを躊躇うようなものがあるとは思えない。
「ん? ……何もなさすぎる?」
生活感が少ない気がした。殺風景だ。
整理整頓されているというより、最小限のものしか置いていないような印象を受ける。
高校生の男の子が暮らしている部屋には見えない。
「前も聞いたけど、はじめくんって普段何してるの?」
「前も言いましたけど、ずっとぼーっとしています。この椅子に座って、こんな風に」
「テレビとか漫画も見当たらないけど、遊んだりしないの?」
「家事や宿題をしてるとき以外は夜になるまでぼーっとしてるだけです」
「……楽しいの?」
「いえ、ですが特にやりたいこともないので」
以前、普段何をしていたのか聞いたとき、彼はぼーっとしていると答えた。
自分のことを話したくなくて誤魔化したのだと思っていたけれど、その答えこそが真実だったのだ。
「もしかして、ほんとに何もしてないの?」
「したいことも、やるべきこともないので。しいて言えば、一日一回、仏壇の前でおばあちゃんに話しかけるぐらいですね」
「おばあちゃんのこと、好きだったんだね」
「親が死んで、おばあちゃんが僕を引き取ってくれました。おばあちゃんだけは、僕を必要としてくれたんです。でも、そのおばあちゃんも亡くなって、誰も僕を必要にする人はいなくなりました」
以前に好みのタイプを聞いたとき、必要としてくれる人がいいと言っていたことを思い出す。彼にとって、必要とされることは特別な意味を持つのだろう。
「僕は誰にも必要とされない人間なんです。それだけの価値がない人間なんです」
「そんなことないよ……私ははじめくんを必要としてる!」
「ありがとうございます。桜子さんが僕を必要としてくれるから、僕は自分自身に価値があるって思えるんです」
「な、なるほど」
これは重いやつだ。とんでもなく重いやつだ。
はじめくんは自分を必要としてくれる人を求めていた。そこに、私というダメ人間がぴったり合致してしまう。
生まれたてのひな鳥に刷り込みをしてしまったような感じだろうか。
麻里の言う通り、孤独なはじめくんのところに、たまたま現れたのが私だったのだろう。
それでも、私の存在ははじめくんの救いになった。
私で申し訳ないという気持ちはある。でも、起こってしまったことは変えられない。
責任をとる必要がある。
「私はもうはじめくんがいないとまともに生きていけないから、ちゃんと責任とってね」
「はい、よろしくお願いします」
こうして再び、はじめくんは私のママとなった。
◆
神宮寺桜子、25歳独身。私はダメ人間である。
仕事から帰ると、年下の可愛い男の子が嬉しそうに出迎えてくれる。
部屋着に着替えると、すぐに美味しい晩ごはんが出てきた。
ごはんを食べ終えれば、はじめくんが食器を片付けてくれる。
ビール缶を片手にテレビを見て、面白いねと笑い合う。
しばらくテレビを見ていたけれど、少し疲れたので横になる。はじめくんの膝枕つきだ。
「なんだか嬉しそうだけどどうしたの?」
「今日も素敵な一日だなって思いまして」
はじめくんは私の頭を撫でながら、嬉しそうに微笑んでいる。
彼の笑みを見ていると、私も嬉しくなる。
はじめくんは私のママとなった。
家事に関してはほとんどはじめくんが行っている。
「はじめくんは今、幸せ?」
「はい、とても幸せです」
私はきっと堕落してしまったのだろう。はじめくんがいないともう生きていけない。
甘えてばかりで、いつも申し訳なく感じる。
でも、はじめくんが喜んでくれているなら、それでいいと思う。
他人からすれば酷い関係に見えることだろうけど、私たちには、これがベストなんだ。
「はじめくん、大好き」
「僕も大好きですよ、桜子さん」
神宮寺桜子、25歳独身。私はダメ人間であり、そしてクズ人間でもある。
今の目標ははじめくんの好きを、恋愛的な意味での好きに変えることだ。
テーマは『ママからママ(彼氏)に!』だ。
母性に目覚めた男子高校生を攻略するべく奮闘し、難攻不落な彼に何度も撃沈していく。母性が強すぎるため、はじめくんに恋愛感情を自覚させるまでの道のりは、長く険しいものになるのであった。
あとがき
これでこの小説は完結です。終盤は駆け足で打ち切りエンドっぽくなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。
バリバリのキャリアウーマンを甘やかしてダメ人間にしていく話にしたいと思って書き始めたのに、いざ書き始めるとヒロインは最初からダメ人間になってしまいました(笑)。もう少し、ヒロインの優秀な一面も描写するべきだったなと反省してます。
次回作の『ぼくはお姉ちゃんとお風呂に入りたいんだ!』の投稿を始めたので、よければこちらもどうぞ。シスコンショタ中学生が、親友のお姉さんといちゃいちゃする話です。




