26話 保健室での決意
「気がついたか」
身体を起こして辺りを見回す。
ここは保健室で、僕はベッドの上に寝ていたらしい。
保健室の中には圭吾くんと御厨さんがいた。
「サッカーボールがあたったんだっけ?」
思い出してきた。
体育の授業でサッカーの試合をしていたとき、サッカーボールが飛んできて、僕は避けきれず顔面にぶつけた。そのショックで意識を失っていたのだろう。
「まったく、ボーっとしてると危ないって言っただろ?」
「ごめん」
「特に怪我はないか?」
「あえていうなら、ぶつけたところが痛いかな」
「そりゃあ仕方ない。でこにたんこぶできてるし」
額のボールがぶつかった部分を触ってみると、皮膚が盛り上がっていた。
確かに腫れているらしい。
「まぁ大事なさそうでよかったよ」
「よくない」
御厨さんは不機嫌そうだ。
パーカーのポケットに手を突っ込んで壁にもたれている。
「あんた、今日おかしいよ」
「僕はいつも通りだよ」
笑って返事をすると、御厨さんは舌打ちした。
「あたしは元々、あんたが嫌いだった」
「お、おい御厨、相手はけが人だぞ」
「いつもつまらなそうにして、他人と壁を作って、つまらないやつだと思ってた。見ていてムカついた。でも最近のあんたは好きだったよ。まぁ元の昔のあんたに戻ったみたいだけど」
「俺も御厨と同じ意見だぞ、はじめ。今日のお前はいつもと違う」
「そ、そんなことないよ。いつも通りだって」
やだなぁと誤魔化しながら笑う。
けれど2人は愛想笑いで誤魔化されてはくれないらしい。
「この場にいるのは3人。多数決だ。2対1でお前はいつもと違う」
「多数決って……」
圭吾くんは無茶苦茶だ。
でも、彼らの言うことは的を射ている。
僕は昔の僕に、桜子さんと出会う前の僕に、なんの価値もない僕に戻ってしまった。
「何があったんだ? 俺はお前の助けになりたい」
圭吾くんも御厨さんも相手のことを想うことができる素晴らしい人たちなのだろう。
「迷惑だから、放っておいて」
「はじめが変わっちまったことを知りながら放っておけってことかよ」
「うん、これ以上関わられても迷惑なんだ」
彼らは僕には勿体ない。
僕なんかの面倒を見るべきではないのだ。
「知るか」
「えっ?」
「放っておくなんて……嫌に決まってるだろ!!」
圭吾くんが僕の両肩を掴んだ。
「お前は俺が試合に負けて落ち込んでたとき、俺が迷惑に思っても気にせず傍にいてくれただろ?」
「それは……」
「俺はお前がいたから前に進めた。だからお前が迷惑に思っても気にせずお前に関わるぜ」
圭吾くんの目は真摯だった。そこに一切の嘘や誤魔化しが存在しない。
何が何でも助けになってみせるという気概を感じる。
「あたしの見せ場はなくなっちまったけど……」
御厨さんはバツが悪そうに頭をかきながら、僕の方に近づいてきた。
「今のあんたを見ているとムカつくんだ。あんたを放っておく方が目障りだ」
2人に迫られて、僕は観念するのであった。
◆
僕は2人に桜子さんとの馴れ初めを話した。
さすがにママ関係のことは、桜子さんの沽券にかかわると思うので言わなかったけど。
「あの写真の美人なお姉さんか」
「桜子さんは僕を必要としてくれて、だから僕は変われたんだ。それなのに……」
僕は桜子さんにとって必要な存在ではなくなった。
「まどろっこしいことはいい。あんたはどうしたいの?」
「それは……当然、今までの関係を続けていきたいと思うよ」
叶うことならば桜子さんのママであり続けたい。
「ぶつかってきな」
「はじめのやりたいようにやればいい」
2人の声援に、僕の胸はあつくなる。
「俺の迷惑なんて考えなかったあのときみたいに、あの美人にぶつかってみろ」
「さっきから美人美人って、別に大したことないし」
「御厨と系統は違うけど、めっちゃ美人だったろ。あんなに美人なお姉さん初めて見た」
「……うざ」
御厨さんが圭吾くんをジト目で睨んでいる。
焦って謝罪しているが、許す気はなさそうだ。
桜子さんも御厨さんも凄い美人だ。
どちらがより優れているかを論じるのもおこがましい。
僕にそんな権利はないだろう。
「そもそも迷惑って言われたとしても、その通りにするのが正しいとは限んねぇよ。距離をとるのが正解なのか、知ったことかとぶつかっていくのが正解なのか。その答えが分かるのは相手にぶつかったときだけだ」
圭吾くんが言う。
僕が圭吾くんたちにしたように、本当は助けが必要であっても、相手を拒絶することはよくあることだ。桜子さんに突っ込んでいくことが正解の可能性もある。
「ダメだったらあたしの胸を貸してやる。思いっきり泣けばいい」
「……ありがとう、御厨さん、圭吾くん」
僕を応援してくれる友達がいる。
くよくよするのはもう止めだ。僕は諦めない!
◆
御厨レイラと山本圭吾の2人は、気合を入れて保健室を出ていくはじめを見送った。
はじめの顔には決意が宿っていた。
「なぁ」
「何?」
「焚き付けちまったけどよ。あいつ意外と行動力あるし、とんでもないことしそうで心配じゃね?」
「……そこまで面倒見れないし」
そう言いつつも、レイラは少し心配になった。
「俺も大事な試合でミスって負けて泣きたいから胸貸してくれよ」
「うっさい、死ね」
もうここに用はない。
レイラは山本を置いて、とっとと自宅に帰るのであった。




