19話 ヤリチン野郎!
「今日も凄かったッスね!」
小夏蜜柑が私のことを褒めている。
彼女は1年前の4月に入社した社員だ。
私が指導係を務めていたが、厳しく接したつもりなのだけど妙に懐かれている。
「いつも通りよ」
彼女の売りは元気だ。
もう少しおしとやかになってほしいと思わなくもないけれど、体育会系出身の多いウチの会社ではかなり評判がいい。
経験をつめば、自然と冷静さも身に着けていくことだろう。
「先方も神宮寺先輩の企画を大絶賛してたじゃないッスか!」
今日、私たちは商談相手にプレゼンを行った。
かなりの大型案件だったので気合を入れてのぞんだ。
小夏が言うように、結果は大成功と言っていいだろう。多少の修正は必要だろうけど、相手の反応から考えるに、私が作った企画は通るに違いない。
「小夏が資料集めを手伝ってくれて助かった」
「ありがとうございますッス!」
身体をくねくねして喜んでいる。
その感激している姿を見ていると、はじめくんのことを思い出した。
最近の私は調子がいい。心身ともに絶好調だ。
仕事もどんどん成果をあげている。
全部彼のおかげだろう。
今日も褒めてもらおう!
◆
小夏蜜柑は職場の同期の飲み会に参加していた。
働き出して2年目になる。同期同士で集まって、日ごろの愚痴をこぼしたり、近況を報告しあったりしている。
同期の男性が蜜柑に声をかけた。
「ほんと、小夏は良いよなぁ。神宮寺さんが指導係で」
そうだろう、そうだろう。
蜜柑は何度もうなずいて同意した。
入社してすぐに、桜子の存在は同期全員がすぐに知るところになった。
直接業務で関わった者は多くはないが、目をひく存在だ。
同じビルで働いていれば、時折見かけることがある。
誰もが気になる存在であった上に、蜜柑がよく彼女の話題を出すため、今ではみんな桜子に興味津々なのだ。
「蜜柑はほんとに神宮寺さんが好きねぇ」
蜜柑にとって、神宮寺桜子という女性は憧れの存在だった。
仕事ができる女性というのは同じ女性から見て凄く尊敬できる上、彼女は指導員としても素晴らしい。
厳しいことを言われることもある。でもそれは蜜柑のことを思って言ってくれるということが分かるのだ。
新入社員だからって適当に扱ったりしない。
できること、できないことを見極め、頑張れば達成できるタスクを与えてくれる。
そして達成すれば、褒めてくれるし、失敗すればフォローしてくれる。
「それにしてもここ最近の神宮寺さん、ますます綺麗になってないか?」
「そうそう。なんか蜜柑を見る目も前より優しくなってるし」
蜜柑の顔が曇る。
彼らの言う通りだ。桜子の様子が半月ほど前から変わったことは、一緒に仕事をしている蜜柑が他の同期たちよりも理解している。
同期たちにとっては、その変化はむしろ好評のようだ。確かにより一層綺麗になったとは思う。
でも蜜柑は素直に歓迎できないでいた。
「あれは……男ができたよなぁ」
「そんな訳ないッス!」
同期の男がこぼした言葉に噛みついた。
認めがたく、しかし否定できない発言だったからだ。
蜜柑のことを見ているときに、他の誰かのことを思い出して優しい表情を浮かべているときがある。
それは蜜柑だけではきっと引き出すことのできない顔だ。
(男がまとわりつくなんて……許せないッス!)
憧れの桜子に男がまとわりつくなどあってはならない。
きっと彼女の本質も見ずに、その容姿にだけ惹かれたちゃらんぽらんな男だろう。
「ヤリチン野郎!」
ガルルと牙をむいて威嚇する蜜柑を、同期の女がなだめた。まるで猛獣を相手にするような対応だった。
「冗談で言ったけど、別にまだ決まった訳じゃないだろ?」
「それに神宮寺さんが選ぶ相手がそんな男なはずがないじゃない」
同期たちが蜜柑を落ち着かせようとフォローする。
蜜柑の剣幕に、周りにいた同期たちは酔いが醒めたようだ。
ちなみに蜜柑本人は酒豪である。誰よりも酒を飲んでいるし、行動も酔っ払いみたいに元気に騒いでいるが、一切酔っていない。
「蜜柑が調査するッス!」
「お、おい」
シラフにもかかわらず、他の客も見ている中、桜子にまとわる男を突き止めると大きな声で宣言した。
店員がやってきて、やんわりと注意されて平謝りするのであった。
◆
(蜜柑が見極めてやるッス!)
書類の作成作業をしながらも、桜子に男がいるかどうかを見極めるべく意気込んでいた。
隣に座って事務仕事をしている桜子の姿はとても凛々しい。
美しい女性というのは座っているだけでも絵になるものだ。
「最近、肌が艶々してるなぁ。男でもできたか?」
蜜柑や桜子の上司にあたる課長代理がイヤらしい笑みを浮かべながら近づいて来た。
蜜柑の彼に対する評価は最底辺だ。
蜜柑自身にも時々セクハラ発言をしてくるのも当然ムカつくが、桜子によくイヤらしい目を向けていることが我慢ならなかった。
(よくぞ聞いてくれたッス!)
蜜柑が気になっていたことを聞いてくれた。
セクハラ上司もたまには役に立つものだ。もちろん、彼の発言は完全にセクハラなので、評価が上がることはないが。
「ありがとうございます」
「……お、おう」
桜子の、完ぺきすぎる笑顔に上司もタジタジになり、何も言い返せないようだ。
おっさんの顔が少し赤くなっていて気持ち悪い。
上司は分が悪いと感じたのか、そそくさと去っていった。
「どうした?」
「課長代理のセクハラは最低ッスが、最近先輩が輝いていると蜜柑も思うッス。もしかして本当にオトコができたッスか!?」
セクハラ上司が悪いことにして、中々聞き出せなかったことを問いただした。
「そういうのじゃないよ」
頬を赤らめながら否定した。
全く説得力がない顔をしている。
「あぁ……。先輩がヤリチン野郎の毒牙に……」
許さないッスよ、ヤリチン野郎!
蜜柑は心の中で空想のチャラ男をぼこぼこにするのであった。




