11話 至福のとき
ハンバーグは絶品だった。
美味しすぎてご飯もおかわりしてしまったほどだ。
はじめくんはおかわりして嬉しそうだったけれど、この生活が続けば私はデブになってしまう気がする。
彼はきっと、私が食べれば食べるほど喜ぶタイプの人間だ。私自身で気をつけないとすぐに体重が増えてしまうだろう。
晩ごはんを食べて満足して、少しソファーで休憩したけれど、お風呂が沸いたので入浴した。
「旅館みたい」
お風呂に入りながら、つぶやく。
湯をはってお風呂に入るのはいつぶりだろうか。
はじめくんは本当に働き者だ。晩ごはんを作って、食器も洗い、浴槽の掃除をしてお風呂を沸かしてくれる。
何から何までいたれりつくせりだ。
「お風呂、気持ちよかったよ」
「ありがとうございます」
ソファーに座ってバスタオルで髪をふく。
そして、ドライヤーをかけようと立ち上がったとき、はじめくんが待ったをかけた。
「ドライヤー、やらせてもらえませんか?」
「いやぁ、それはさすがに……」
いくらママで、年下だからといって、彼は男だ。
男性に髪をゆだねるというのは結構特別なことだと思う。私にとっては裸姿を見せることと同じくらい抵抗がある。
それこそ、美容師か恋人相手ぐらいにしかできないだろう。
「昨日もやったので、今日もやりたいです」
そうなるよねー。
昨日の私はなんてことをしてくれたんだ。
酔っぱらっていたせいで、羞恥心を全てどこかに放り捨てていた。
でもシラフの今はさすがに恥ずかしい。
まだ短い付き合いだけど、私ははじめくんのことを信頼している。
だから彼が掃除のために私の下着を触ることにも特に抵抗はなかった。あえて見せる気はないけど、仮に下着姿を見られても特に気にならない。
でも、髪を乾かしてもらうことにはためらいがある。
「ダメですか?」
ドライヤーを持ちながら、しゅんと落ち込んでいる。
私のために一生懸命にやってくれていることが分かるだけに、彼を落ち込ませると罪悪感が尋常でない。
昨日もやってもらったし、1回も2回も一緒……だよね?
私は自分に言い聞かせながら承諾した。
「よろしくお願いしようかな」
「ありがとうございます!」
満面の笑みだ。
人の世話をすることが、どうしてそんなに嬉しいのだろうか。
私には理解できない。
「それでは失礼しますね」
「うん」
昨日はベッドの上で、後ろからドライヤーをあててもらった。
それはそれでとんでもないシチュエーションだったと思うけど、今日は私がソファーに座り、はじめくんが前から私にドライヤーをかけようとしている。
うぅ。
ほとんど密着するような距離感に、さすがに私もドキドキしてしまう。
私、男の子に髪を触られるんだ。
「ぁあ~」
ドライヤーをあて始めると、緊張はあっという間に吹き飛んだ。
気持ちよすぎて、もうどうでもいい。
美容院で髪を乾かしてもらう時間が好きだ。シャンプーしてもらうときも好きだったけど、その後に髪を乾かしてもらうときが一番気持ちいい。
でも相手はプロの美容師で、私は客だ。二人の間には店員と客という壁がある。
一方で今回の場合はどうだろうか。
私とはじめくんの間に隔てる壁は何もない。
彼に全てを委ねている。余計な枷をとっぱらって丸裸になっている気分だ。
背徳感と安心感がごちゃ混ぜになって快感になる。
「熱かったら言ってくださいね」
至福だ。
昨日は酔っぱらっていたから、この至福のときを堪能しきれていなかった。
でも今日は違う。
はっきりと意識がある。私は自分の意志で彼にさらけだしたのだ。
「気持ちいいですか?」
「うん、すごく!」
はじめくんの手つきは手慣れている。
祖母と暮らしていたと話していたけれど、祖母にも同じようなことをしてあげていたのだろうか。
彼はドライヤーをかけながら楽しそうに鼻歌をうたっていた。
「終わりましたよ、桜子さん」
至福の時間はあっという間に終わってしまう。
「もうちょっとして?」
「髪の毛は乾いてしまったので、また明日ですね」
「あ、明日も……してくれるの?」
「もちろんですよ」
明日もこんな至福の時間を味わえるのだろうか。
やばい。
私はダメになってしまうかもしれない。
◆
夜も遅くなってきたので、はじめくんは帰ることになった。
隣に住んでいるからいつでも帰ることは可能だけど、だからといって高校生の男の子をあまり遅くまで引き留める訳にはいかないだろう。
「なんだかずっと一緒にいたみたい」
今日は一日、はじめくんとすごく濃厚な時間を過ごした。
普段の休みは家でのんびりしたりお酒をのんだりしているばかりなので、いつもとは大違いだ。
あまりに濃い時間だったため、関係もぐっと縮まって、ずっと一緒にいたように思えてしまう。
「さよならするのが寂しいね」
「僕も寂しいです」
「ふふ、なら一緒に寝てく?」
冗談で言う。
私は25歳の女で、彼はまだ未成年の高校2年生だ。
一緒に寝たりすれば犯罪だろう。そのあたりの常識は、私よりむしろ彼の方がしっかりしている。
何をバカなことを言っているんですかと怒られることを期待して、私は冗談を口にしたのだ。
「じゃぁ、あの、よろしくお願いします」
「へ?」
やば。
私の顔から血がひいていく。
今の私は、冗談でセクハラ発言をする最低野郎だ。
職場の上司がよく冗談でセクハラ発言をしてくる。
冗談なら何を言ってもいいと思っているつまらない男だ。
私はそんなクソ上司と同じようなことをしてしまった!
「冗談ですよ」
「そ、そうだよね! びっくりしたぁ」
「僕のことをからかおうとしたから意趣返しです」
はじめくんは自分も冗談でしたと笑って返してくれる。
でも、違うはずだ。
彼はあのとき、真剣に考えて、私の部屋に泊まることを承諾した。
私が冗談で言ったことが分かって、私に気を使って自分も冗談だったということにしてくれたのだ。
本当に申し訳がなかった。
「はじめくん、また明日もよろしくね」
玄関の扉を開けて、はじめくんを見送る。
彼はためらいがちに聞いてきた。
「あの……僕、迷惑になってないですか?」
「なってないよ。むしろその逆!」
「桜子さんは僕を必要としていますか?」
「私にははじめくんが必要よ。はじめくんが嫌って言ってもお願いするから!」
「じゃぁ僕は、桜子さんが嫌って言ってもお世話しますね」
「うん!」
◆
すっかりと綺麗になった部屋。散らばっていたゴミはなくなって、私の部屋とは思えないほど整頓されている。
すっきりした部屋で、ベッドに横になった。
「寂しい」
いつもは一人で寝ていても何も思わないのに、今日はなんだか寂しい。
ほんとに一緒に寝ればよかったかも……。
辛い気持ちを紛らわそうと冷蔵庫に行く。
「お酒飲もう」
冷えたビール缶を取り出して、フタを開けようとしたとき、ふとはじめくんの顔が頭に浮かんだ。
うーん。
お酒を飲んでも、苦笑しながら「仕方ないですね」と許してくれそうだ。
「やっぱやーめた」
私は冷蔵庫にビールを戻して、再びベッドに横になった。




