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作者: キリュン

脂ぎった臭いが鼻に触れた。


隣を見た。女子高生が肉を喰っていた。


肉を包む紙が、脂で変色している。


小さな顎から、尖った犬歯を剝きだして、


肉を引きちぎっている。


女子高生が顔を上げ、時計を見る。


小さな顎から、肉片がこぼれる。


女子高生は気付いているのか、そうでないのか、


また視線を戻し、歯を剥いた。




鳩が歩いてくる。首を前後に揺らしながらくる。


女子高生の足元にきて、落ちている肉片を啄ばむ。


同族であるはずの肉を啄ばむ。


吸殻に近寄る。それも啄ばむ。吐き捨てる。


分別もなく啄ばむ。





おまえは顔を上げた。時計を見た。


そのままぐんと背もたれに身体を預けて、息をつく。


真上に目を向ける。口をだらりと開け、上唇を舌で撫でる。


天井を這うパイプ管がぐるぐる回っている。





女がおまえの前を通って、時計を見る。


流れの中で、視線をおまえに向ける。


女が近寄ってくる。おまえは背を多少正す。


女が隣に座る。茶髪のセミロングが左目の視界に入る。


女はスマートフォンを弄ぶ。


香水の臭いと、脂ぎった肉の臭いが入り混じる。




おまえはあの鳩を探した。


首は動かさず、眼球が動く範囲でのみ、周りを見渡す。


左前方に動く灰色が目に入った。女の前をとことこ歩いている。


女も気づいて鳩を見るが、すぐに視線を落とす。



──あれは共喰いの鳩です。


おまえは女に囁いた。


しかし声は喉仏のあたりでぐうと鳴って旋回するだけで、言葉にはならない。


女は無心に画面を弄ぶ。


おまえは左目に映る情報のみで女を見る。


──俺はこの女を喰えるのか?


白く柔らかな女の腕は、うまそうには見えない。


そもそも、人間が人間を喰うという行為は何かで禁じられているのだろうか。


人を殺せば殺人罪で、死体を傷つければ死体損壊罪にあたる。だが人肉を喰うことに関しては禁止規定がないはずだ。


どこかで人間が肉にされ、それと分からぬよう加工され、流通し、自分の手に渡ったら、俺は迷わずそれを喰うだろう。


あの鳩のように、とぼけた顔で、何の疑いもなく、仲間の肉を喰うに違いない。


そもそも、同じ生物、同じ動物という枠組みで考えれば、人間皆共喰いだと言えるのかもしれないが、けれども――




鳩はとうに消えていた。


人の流動が激しくなる。


女子高生はすでに肉を胃に収め、立ち上がっている。


女はイヤホンを耳に付け、脇のトートバッグを肩にかけ直し、立ち上がると前方に歩を進めた。


おまえも時計を見て、腰を浮かせる。




轟音とともに電車がやってきた。


夥しい数の人間が降りてくる。


おまえはその波を見ながら、今晩のプロ野球のことなどを考えている。


降りた分の人間が、入れ違いに電車に飲まれていく。


女子高生も、女も、おまえも、吸い寄せられていく。


馴染みのメロディが流れた後、ドアが閉まった。


電車は無機質に加速していく。


車内は、脂ぎった人肉の臭いがした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 適度に改行されてて読みやすい [気になる点] ベジタリアンってこれを問題提起しとるんやろか [一言] 食わなきゃ死ぬからしゃーない
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