桜の封印と約束
三つのキーワードを無作為に選び、そこから小説を書いています。
今作のキーワードは「日曜日 桜 百年」です。
それと私が出会ったのは、平凡な日曜日。
新学期が始まって初めてのお休み。
新しい生活にワクワクしつつ、でもちょっと疲れたな、なんて思ってた高校一年の春だった。
家の庭に咲く、大きな桜の木。今年はいつもより散るのが遅くて、今日までずっと満開だった。学校の桜はもう葉っぱが目立ち始めたというのに。
これはもしかしたら、何かあるのかもしれない――そう思って見つめていたら、木の上から、鬼が降ってきた。
比喩でもなんでもない。鬼だ。
人間のような見た目だけど、額から生える二本の角と、鋭く尖った長い爪は、人間ではない。そして人ならざるモノを総称して、鬼と呼ぶ。
「はっはー!この龍鬼様が百年の眠りから目覚めたぞ!皆平伏すがいい!」
突然降ってきたやけに偉そうな鬼は、どうやらこの桜の木に、百年も封じられていたらしい。
ウチの家系は、代々続く祓い師だ。かつては陰陽師と呼ばれていたらしい。今はひっそりと術を継承し、人の世に悪影響を及ぼす鬼を時に祓い、時に使役し、暮らしている。
ただ、私はまだ封印の術は教わってない。私に出来るのは、基本の祓いの術だけ。
「何だ貴様?何故平伏さない?」
まるで少年のような姿をした鬼は、心底不思議そうな顔をしながら首を傾げた。
「……ん?貴様、彼奴と同じ匂いがするな……」
百年前に、祓うわけでも使役するわけでもなく、封印したってことは……少年っぽい見た目をしてるけど、実はかなり強い鬼なのかもしれない。見た目で判断すると痛い目を見るっていうのは、初めての仕事で身をもって知ってる。ここは、目覚めたばかりでまだ本調子でないうちに、祓っておくべきか。祓えないにしても、一旦力を奪って弱めておけば――。
「おい待て!それは貴様らの術で使う札だろう!?知っているぞ!」
ポケットから札を取り出したのを目ざとく見つけて、鬼が叫んだ。見られたからには、反撃される前にさっさとやらないと、こちらの身が危ない。
「安らかに眠――」
「やめろ!出会い頭に祓おうとするとは何事だ!まずは話を聞くとかあるだろうが、礼儀がなっとらんぞ!」
まるで鬼らしくない言動だけど、騙されるわけにはいかない。相手は鬼だ、人間じゃない。しかもおそらくウチの一族の誰かに、百年も封印されていた、鬼。
「だから待てと言っているだろう無言で札を握りなおすな!貴様は彼奴より短気だな!」
鬼の言葉に、札を握りしめていた手を思わず緩めてしまう。私が普段仕事で祓うことを命じられる鬼は人間の言葉を話さない。もしくは話したとしても片言くらいで、知能の低い鬼ばかりだった。そもそも人のような姿をしているモノは少ないし、さらにここまで流暢に喋る鬼なんて、私は遭遇したことがない。
よし。未熟な私が下手に会話をして言質を取られてもマズイし、一旦退こう。勝手な行動を取ると後々父さんに怒られる気がする。これは逃げではない。戦略的撤退だ。鬼は見つけたら即祓うのが基本だけど、力量を見極めるのも大事だと父さんが言っていた。舐めたらやられる。命がけの仕事なのである。まずは、まだ母屋にいるはずの父さんを呼んでくるのが一番だ。そうだ、そうに違いない。
私は自分の考えに頷いて、鬼の様子を見つつもじりじりと後退し、さっと身を翻して結界を張っている家の中に入った。
「……さっきまで対峙していた敵にすぐに背を向けるとは……。前よりも短気だが、前よりも大分甘いな」
一人残された龍鬼は、自分が封じられていた桜にそっと手を伸ばした。
「俺は戻ったぞ、桜。さあ……約束の時だ」
風が吹いた。
満開の桜は龍鬼の姿を隠すように乱れ舞い――ひとつ残らず、散った。