妖精の輪環 2
アリスから買った花一輪に、フレデリアが息を吹きかけた。
白色の花は音を立てて燃え上がると、深紅の小鳥へと姿を変えた。
「案内、お願いね」
応えるように鳴いた小鳥は、火の粉を巻き上げながら大空を舞った。
「アリスの言っていることは本当だったみたいね」
森に向かって行く小鳥を見ながら、フレデリアが言う。
「信じてなかったのか?」
「まだ話半分しか信用してないよ、あの街に旅芸人なんていなかったもの」
杖を弄びながら、「でも」と続ける。
「家族がいるのは嘘じゃない」
そうでなければ、可憐な花は灰になっていただろう。
「あの子がどういうつもりかわからないけど、助けてあげたいじゃない?」
振り返ると、微笑んだ。
彼女はアリスを、自分たちと重ね合わせているのだろう。
だが――ペイジは言いようのない不安を感じるのだった。
「魔物が出ると言っただろう」
「……うるさい」
襲ってきたゴブリンの数は、すでに二桁を越える。
キリがない、と、フレデリアはすっかり不貞腐れてしまっていた。
小鳥に導かれるまま森を進んだ先に、見つけたのはまたしても複数のゴブリン――の死骸だ。
「どれもまだ新しいな……」
ペイジは呟いた。
青白く、硬質化した皮膚。顔は醜く、皮と骨だけのようにやせ細った身体――小鬼と呼ばれる由縁だ。
「アリスの弟妹がやったのか……?」
ゴブリンの死骸、そのほぼすべてが喉を斬られて絶命している。他に目立った傷がないのは、それだけ剣の腕が優れている証拠でもある。
「私たちが探すまでもなかったかもね」
嘆息するフレデリア。
もし二人に戦う力があるなら、それをアリスが知らないはずがない。
「これは、嵌められたか?」
ペイジの言葉に、フレデリアは眉を顰めた。
「私たちをわざわざ? なぜ――」
言い終える直前、先行していた小鳥が音を立てて爆ぜた。
パラパラと降り注ぐ白い花弁――
「フレア!」
ペイジはフレデリアに覆いかぶさると同時に目に見える全てが音を立てて崩れていく――いや、飛びたったのだ。
地面が、木が、空が、全てが大小様々な蝶の姿に切り抜かれると、一斉に飛んでいった。
「妖精の輪環――!」
呻くように呟いたのはどちらだっただろうか。
残された二人が立っているそこは、もはや別の世界だった。
生い茂っていた森の木々は朽ちて枯れ果て、空は濃い紫色に染まっている。
足元には空と同じ、毒々しい色をした花が、地平線の果てまで咲き乱れている。
吐き気すら感じる風景に、しかし、二人には懐かしさすら感じていた。
「あの時と、同じだ」
引きつったような笑い声。内に眠る恐怖のせいで身体中が震えだす。
「ペイジ」
青ざめた顔のフレデリアが、しかし毅然とした声を上げた。「今は、二人を探すことが先決よ」
ゆっくりと腕から逃れると、フレデリアはペイジの胸に顔を埋めた。「余計なことを考えないで」
「……わかっている」ペイジはやっと言葉を絞り出した。
そっとフレデリアから離れると、剣の柄を強く握り締めた。
どれくらい歩いただろうか。
歩けど歩けど、気色が悪い景色は変わらない。
フレデリアは何度か魔法を試していたが、その全てが不発に終わった。
「……自信なくしそう」
摘んだ花を放り投げると、小さくため息をついた。
同じ景色をぐるぐると回っている、そんな錯覚を感じ始めた時、
「待て」
先導していたペイジは、微かに聞こえる音に気がついた。
金属が触れ合う音――徐々に大きくなるそれは、全身を甲冑で覆った騎士のようだった。
「お花を摘みにきた、訳がないよね」
強張った表情を浮かべたフレデリアが、そんな冗談を言った。
立ちはだかるように陣取った騎士は、ゆったりとした動きで戦斧を構えた。
「――フレア、二人を探せ」
剣を抜く。「あれは、俺がやる」
「さっきも言ったけど、目的を間違えないでね」
怒気の孕んだ声音。ペイジの背中を小突くと、フレデリアはその場を走り去った。
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