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妖精の子守唄  作者: のく太
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クローディア 3

 ペイジが意識を取り戻したのは、ややあってからのことだ。

 私を見つめる目は虚ろで、頼りないものだったが、時機に動けるようになるだろう。

 血の気の失せたままの頬にキスをすると、ペイジはくすぐったそうに目を細めた。

 私は額を押さえ、飛びそうになる意識を何とか保とうとした。

いよいよ、死を運ぶ蝶が屋敷のほうまで飛んできたらしい。

 窓から見える空は、絵の具を流し込んだように紫に染まっている。

 私は、寝台に寄りかかりながら、その様子を眺めていた。

「ローディ……」

 外套にくるまれたフレデリアが私を呼ぶ。

「大丈夫だよ」私は笑って応えると、グラウスのほうに視線を向けた。

「グラウス、頼みがある」

 ガシャガシャとけたたましい音を上げて歩きまわっていた甲冑男は、顔面を覆った兜の向こうで舌打ちをしたようだ。

「頼み、だと? 私は、お前の妹弟を助けるため、加護が付与した外套(マント)を用意してやった。お前の、その高尚な心に敬意をはらってな。それなのに、お前はこれ以上、私に何を望む」

「この子たちと一緒に逃げてもらえないか」

 私の言葉に、グラウスだけではなく、二人の子供たちも息をのんだ。

「いやだ、ローディを置いていけない!」

 まだ身体の自由がきかないペイジが、這いつくばるように私の傍へと寄った。「ずっと一緒にいようと、約束したじゃないか」

 ペイジの言葉に、私はただ優しく微笑んだ。

「……私に何のメリットがある」

 グラウスが威圧するように言った。

「この国の王様になれる」

 クローディアは嘲笑うように言った。「見ろ、王都は落ちた。王様もおそらく無事ではない。あなたの思惑通りに、な」

 グラウスがこの国に、王に忠誠がないことは透けて見えていた。

 大貴族と自負して回るのも、矮小な自分の姿を他人の目から誤魔化そうとしているのだろう。哀れな男だ。

「お前はっ! 何を根拠にそんな戯言(ざれごと)を――」

 図星を突かれたらしい。グラウスが上ずった声を上げた。

 その滑稽(こっけい)な姿に冷笑を浮かべた私は、刃を走らせた。

 弧を書く美しい銀線は、グラウスの甲冑の一部--首筋を容易く斬り裂いていた。

「これで、あなたも無事じゃない。その鎧に付与された魔法も斬ったからな」

 その時、グラウスはどんな顔をしていただろうか。斬られた首筋を押さえ、よろよろとした足取りで立ち上がった。

「どこまでもふざけた女だな、お前は!」

 グラウスの手に不可思議な力が集まると、それは大きな斧へと姿を変えた。

 魔法で生成した戦斧を振りかぶる。「大貴族に剣を向けたことを、地獄で後悔するがいい!」

 剣が重い……どうやら、もう剣を振る力もないらしい。

 私は振り下ろされる戦斧を、ただ眺めていることしかできなかった。

「ローディ!」

 ペイジは羽毛が詰まった、大きな枕をグラウスに投げつけていた。

「あんたのこと、嫌いだわ」

 大粒の涙を浮かべたフレデリアは、全身を戦慄(わなな)かせて、叫んだ。「燃えてしまえばいいのよ!」

 フレデリアの咆哮は、轟音を伴いながら大きな火球となってグラウスに襲いかかった。

 それはペイジが投げた枕に引火し、轟々とその姿をさらに大きくしてグラウスを飲み込んだ。

「なっ……」

 頬に熱気を感じながら私は間抜けな声を上げていた。

 フレデリアにそんな力があることを知らなかったからだ。

「ローディ、立てる?」

 よろめきながらも立ち上がったペイジが私の右手を、フレデリアは左手を握りしめてくる。

 ――暖かい。冷え切っていた私に伝わる、小さなぬくもり……

 私は弱々しく首を振り、二人を強く抱きしめた。

「二人とも、早く行きなさい。私は大丈夫だから」

 嫌だ、と泣きじゃくる二人。

 その頬にキスをすると、強く突き飛ばした。

 驚愕に目を見開く二人に、私は叫んだ。

「早く、行け。私を困らせるな!」

 これは、私に与えられた罰なのだから――

 唇を噛みしめたペイジがフレデリアの手を握る。

「必ず、助けにくるから……だから――」

 二人の血を吐くような声に、私は棘が刺さったような痛みを憶えた。

 ――死にたくない。

 我ながら都合がいいことを言っていると思う。

 散々無辜(むこ)の人々に手を掛けた癖に、ここにきて、自らの命が惜しいというのか。

 ようやく走り去った二人に、私は二度と届くことのない手を伸ばしていた――

駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。

機会があれば、またお付き合いください!

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