グラウス
クローディアは美しい女性だった。
黒真珠の瞳に同色の髪は長く、絹のような光沢を放つ。健康的な肢体は、白磁の様に白い。
――そして何よりも踊るように剣を振るう姿は、伝説の戦女神を彷彿させた。
「――あの娘が欲しい」
グラウスは馬車の破片にまみれながら、強く思った。
悪路に揺れる馬車の中、悪態はとどまることがない。もう少しマシな道はなかったものか。
グラウスはイライラと床を蹴った。
わざわざこんな辺境まで馬車を走らせたのは、それに見合う利益があるからだ。
『帝国がこの国に進行する準備をしている』
懇意にしている商人から聞いた噂は、グラウスにとって値千金の情報だった。
――この国は腐敗している。特に王の無能さには、ほとほと呆れかえる。
口には出さないものの、貴族の誰しもが思っていることだ。
「戦争になれば、王にも隙ができる。近衛を買収してもいいし、暗殺者を雇ってもいい。だが、その前に……」
帝国に自分を売り込むほうが先だ。
「この国を情報と引き換えに、私は帝国の要職に就く」
いかに帝国が膨大な力を持っていようとも、内情をしる貴族である私を無下にはできまい……
――こうして帝国と接触を図ろうと画策したグラウスだったが、相手が指定してきたのはとんでもない僻地だった。
「確かに秘密裏の接触だからと言って、こんな場所を指定しなくてもいいだろう」
こぼれるのは愚痴ばかりだ。それとも、とグラウスは考える。
「大貴族の私を嵌めようと愚考しているのだろうか」
それならそれでいい。国に害意ある勢力をいち早く殲滅した――そうなれば、今より高い地位が約束されたようなものだ。もしかしたら、王位継承者の有力な候補とれるかもしれない。
遠くない未来の自分の姿に酔いしれていたグラウスだったが、突如響いた轟音に現実に戻された。
「何事だ!」
格子で覆われた馬車の窓から外を見ると、巨大な熊のような魔物と目があった。
雄叫びを上げながら、丸太のように太い腕が馬車を襲う。
魔法が施された馬車は、幾度となく魔物の攻撃を防いでいたが、限界はすぐに訪れた。
グラウスのすぐ横を鋭い爪が抉った。
悲鳴と怒声の混じり合ったような声を上げて転がったグラウスの身体に、馬車の破片が容赦なく降り注ぐ。
「魔物風情が調子に乗りおって!」
辛うじて馬車の下敷きになることを逃れたグラウスは、得意の地精魔法を使おうと精神を集中した時……
空から女神が降ってきた――
結局、帝国の使者と逢うことは叶わなかったが、グラウスはそれ以上の成果を上げたと考えていた。
襲ってきた魔物は、どうやら辺境の動物を餌に暴れまわっていた化物らしい。
そして、事はグラウスの思惑通りに事が進んでいった。
辺境とはいえ国の危機を救ったとして、グラウスは新たな領土を、クローディアは王から『剣の妖精』の二つ名を与えられた。
王から二つ名を授与されるということは、並みの貴族以上の地位を与えられたことを意味する。
――他の貴族が動き出す前に、手中に収めてしまおう。
グラウスの動きは速かった。
自分の身を助けてくれた御礼として、クローディアの家族ごと王都の自分の屋敷に連れ出した。既成事実さえ作ってしまえば、後はどうとでもなる。
クローディアに歳の離れた妹弟がいたことも些細なことだ。むしろ、いい餌になるだろう。
内心ほくそ笑んでいたグラウス。
しかし、その野望は打ち砕かれることとなる――
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