歪な絆
クロナは何が起きたのかさっぱり理解できなかった。
明らかに死んでもおかしくない傷を負っても生きているペイジ。グラウスとかいう甲冑男が言った傀儡という意味。魂をつなぎとめる魔力……どれも理解の範疇を越えている。
茫然とただただ、目の前の出来事を眺めることしかできなかった。
シスリナに腕を強く掴まれた。その痛みにようやくこれが現実の出来事だということを思い出す。
「だめ……お願い、このままじゃフレデリアさんが」
シスリナの尋常じゃない様子に、クロナは事態の深刻さを知った。
剣を抜くと、力いっぱい大地の檻を叩く。
だが浅い傷が付くだけでまるで歯が立たなかった。
悪態をつきながら、何度も何度も剣を振った。
手の皮が剥け、血が出てもクロナは剣を振り続け――背後から伸びてきた白い指が、その手をそっと押さえた。
「……何の真似だ」
グラウスが戸惑うような、呆れたような声を上げる。
赤髪の妖精が、傀儡の男の唇を奪っている。それも、自分の目の前である。
当てつけているつもりなのか、それとも目前に迫った死の恐怖に狂ったのか……
ともあれ、グラウスにとって面白い見世物ではなかった。
「もういい、そんなに二人一緒がいいならば、仲良く殺してやろう」
慈悲など到底与えるつもりはなかったが、気分はすっかり白けてしまっている。
さっさと始末して、森で邪魔をしてくれた二人の子供たちを八つ裂きにでもしよう。
そう思い、大斧を振りかぶったとき、事態が急変した――
―-熱い。
身体が内から焼かれているようだとフレデリアは思った。
身を焦がされる痛み……否応もなく、あの日の記憶がよみがえる。
押さえきれない感情で魔力が暴発したあの日。目の前で両親を炎で包み込んだ。救いを求めるように自分に手を伸ばしてきたのを冷めた目で見ていた。
私は、あの日目覚めてしまったのだ。内に眠る、もう一人の自分に。
炎に巻かれる前に私を連れ出そうとしたのは誰だったか。全身に火傷を負いつつ、手を引いてくれた男の子の姿に、私は――
「ぐうぅぅっ」
獣のような唸り声。それが自分の喉から発せられているとはとても信じられなかった。
長い、長い口づけのあと、フレデリアはもだえるように熱い吐息を吐いた。
とろんと呆けるようにうるんだ瞳。まだ足りたいとばかりに、ペイジの唇を奪う。
「もう、よせ、フレア!」
かろうじて動く左手で突き飛ばそうとするが、フレデリアはむしろ強引に身体を密着させた。
フレデリアは妖精の中では魔力が少ないほうだと言われてきた。
ーーそれは間違いだった。むしろ有り余る魔力で自身を抑えることができないのだ。
幼い頃、暴走したフレデリアは自分の手を引いてくれた、愛おしい少年の唇を奪った。
それは、フレデリアにとっては感謝の証のつもりだった。
だが、重ねた小さな唇は、フレデリア本人の意思を無視して、少年の命を焼き尽くし、その魂を縛り付けた。
その事実に気が付いた時には、もはや手遅れだった。
少年は少女のありふれる魔力の受け皿に……ペイジはフレデリアの魔力を糧に動き、フレデリアはペイジに魔力を預けることで均衡を保つ。
歪であまりにも悲しい絆……それが二人の秘密だった。
その絆の均衡が今崩れた。
「あ、あは、あはははははっ!」
喉を掻き毟りながら、フレデリアが笑った。メリメリという音と共に、背中の肉が爆ぜると一対の翼が姿を現した。赤色の髪は炎のように燃え上がりながらなびいている。美しい紅玉の瞳は、濁った血のような紅い色に染まっている。
その周囲は高熱に歪み、ゆらゆらと大気を揺らす。近くにいるだけで、肺が焼けてしまいそうなほどの熱気を放つ。
「ば、化け物め……」
動揺を隠せないグラウス。ぬめつけるようなフレデリアの視線に、大斧を振りかぶった。
「死ねぇ!」
裂帛の気合と共に振り下ろされた大斧は、しかしフレデリアに届くことはなかった。
斧を形どっていた蝶が次々と燃え上がり、灰となって消えていく……まるで溶けるように散った斧の中から、クローディアの剣が露出した。
にたりと嘲笑ったフレデリアは、刃が身に触れることを厭わず剣ごと腕に抱きついた。
「ぐ、おおおおおっ!」
まるで水風船が弾けるような音が響いた。
グラウスの右腕が剣と共に溶け落ちたのだ。
よろめき、後ずさるグラウスにフレデリアは左手を振り下ろす。鋭い爪に切り裂かれるようにグラウスの鎧が不快な音を立てて抉れる。
とんっ、という軽い音がしたと思うと、その身体はすでにグラウスの背後にある。背中に手のひらを押し付けると、鎧は発熱して煙を上げて溶け始めた。
「調子に、のるな!」
グラウスが地性魔法を発動させた。
フレデリアを取り囲むように四方八方から岩が鋭い槍となって襲い掛かる。
轟音と土埃。
無傷のフレデリアが、翼を優雅に広げると一瞬で霧散した。
「……こんな、こんなことがあってたまるか!」
グラウスから次々と放たれる魔法の刃。しかしどれもフレデリアに届く前に蒸発して消える。
フレデリアはつまらなそうに欠伸をした。
「こんな、こんな平民の小娘に、この私がっ!」
ゆったりとした足取りで近づいてくる女性に、グラウスが恐怖のあまり後ずさりした。
「もういい、フレア。それ以上は、やめろ」
消え失せてしまいそうな声。ペイジは這いずりながら、フレデリアに向かって手を伸ばした。「戻ってこい。いつものお前に……」
「--どうして?」
ペイジの言葉に、フレデリアは自らの口元に指を当てて聞き返す。「ねえ、どうして?」
まるで、無垢な子供のような表情だった。本気で理由がわからないといった様子に、グラウスの背筋は凍りつくような思いだった。
「私たち、この人のせいでいっぱい嫌な思いをしたよ。いっぱい、傷つけられた。だからやり返すの。ペイジも嬉しいでしょ?」
微笑む。一切の疑問もなく、ただ自分のしている行為は正しいものだと信じ込んでいるような、そんな微笑みだった。
「フレア……」
這いずり、ようやくフレデリアのもとにたどり着いたペイジはその手を握りしめた。
燃え滾る手は、ペイジの手を焼き焦がし肉の焼ける臭いが漂う。それでもペイジは手を強く握り、引き寄せた。
不思議そうな表情でペイジを見ていたフレデリアは、突然のことに体勢を崩す。ペイジは強引に唇を合わせた。
「--あれ、私……?」
フレデリアの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
まるで夢のなかにいたような、ふわふわとした気持ちがいい感覚がぷつりと切れた。
次の瞬間、フレデリアの身体が傾いだ。背中の翼が火の粉を上げながら散っていく。フレデリアの背中には大きな火傷の痕が残された。
辛うじて抱き留めたペイジは、フレデリアが微かに息をしていることを確認し、ホッとため息を付いた。
「こんな、ことがあってたまるか!」
その様子を見ていたグラウスが、激昂の叫び声を上げた。
「殺すっ!殺してやる!」
失った腕の傷を押さえ、足を引きずりながら血走った眼をペイジとフレデリアに向ける。
フレデリアを庇うように抱きしめたペイジは、せめてもの抵抗と言わんばかりにグラウスを睨みつけた。
睨み合う二人。
その間をふわりと風が舞った。
「それ以上、私の妹弟に近づくことは許さないぞ」
凛とした声。
長い黒髪をなびかせながら、一人の女性が現れた。
「……ローディ?」
ペイジは信じられない表情を浮かべ、呟いた。
駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました!
次回が最終話になる予定です。
駆け足で書いたので元々グダグタの話が更に…見てくださる方々に何と申し訳ないことやら…
最終話は、なるべく早くアップしたいところ…




