思い出の地 3
運よく昨日の晩に設置した簡易の罠に兎がかかっていた。
ペイジは手際よく血抜きをすると、皮を剥いて火にかけた。
肉の焼ける匂いが立ち上り始めたとき、クロナがつられるようにようやく起きだしてきた。
「おはよう、クロナ」
シスリナが笑いかける。
その表情は、早朝に見せたものとは全く別のものだ。
シスリナにとって、クロナは特別な存在なのだろう。ペイジは隣でニヤニヤしながら見ているフレデリアを軽く小突いた。
少しの間。シスリナが振り返る。
「フレデリアさん、私……」
何か決意をしたような表情。しかし溢れる言葉は歯切れが悪い。
ペイジに言ったことを気にしているのだろう、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「シスリナちゃん、手を出して」
妖精が信じられない。そう言ったシスリナに対して、フレデリアはいつも通りの明るい声で名前を呼んだ。
「私の魔法、いくつか教えてあげる」
驚きの表情を浮かべたシスリナを無視して、フレデリアは少女の手のひらに指先で文字を書くようになぞる。
まるで手遊びをしているかのように、鼻歌交じりにフレデリアの指が動く。
秘密のやり取りをしているようだ。ペイジは思った。
魔法の伝承というものを見るのは初めてだったからだ。
フレデリアの細い指先が動くたび、くすぐったいのかシスリナが小さく吐息を漏らす。
それは短い時間で終わった。フレデリアが手のひらに息を吹きかけると、ぼうっと音を立てて炎が上がり、シスリナの手に黒い文字が浮かび上がる。
まるで溶けるように消えたそれを、シスリナは茫然と眺めていた。
「どうして、ですか」
ややあってから、シスリナが呟いた。
「どうして、私に魔法を――」
「私の魔法を教えてほしかったのでしょう?」
フレデリアが微笑む。「いずれ、役に立つ日がくるわ」
その言葉に、シスリナが泣き出しそうな表情になる。
「でも、私はフレデリアさんのことが――」
「それでいいのよ。私は、あなたが思っているように、清い人じゃないからね」
にっ、と笑う。シスリナは一瞬ポカンと口を開いていたが、言葉を理解した途端、「……寝たふりをしていたんですね」
唇を尖らせて抗議した。
「何があったか知らないが、仲がいいのはいいことだな」
事情を知らないクロナが大きな欠伸をした。
地面に地図を広げ、それを囲うように四人が覗き込んだ。
「今いる場所はこのあたり、昨日の街はここだから……諦めてなければ、連中は森狩りしている最中ね」
「もうすぐそこまで来ているかもしれません」
シスリナの言葉に、クロナが応えた。
「帝国の領土を抜けよう。そうすれば、さすがに諦めるだろ」
押し黙ったまま地図を睨みつけるペイジにクロナは眉をひそめた。
「ペイジ?」
「ああ」と目を伏せる。「だが、それには、ここを抜ける必要があるな」
ペイジが指さした場所は、かつてペイジとフレデリアが大切な人を失った国都の名前が書かれているのだった……
―-寄りたいところがある。
重々しく口を開いたのはペイジだった。
さもすれば、一人ででも行くだろう。ペイジの口調は険しく、有無を言わせない雰囲気があった。
ただ一人、フレデリアだけが、不安そうな視線を向けたが、何も言わずに後を追うのだった。
ならされた道から外れ、道なき道を進む。
背丈ほどまで伸びた草をかき分け、木々の間を縫うように歩く。
何度もゴブリンをはじめとする魔物の群れが襲ってきたが、それは全てペイジとフレデリアの手によって排除された。
四人は自然と口数が少なくなっていた。
感情の起伏が激しいフレデリアでさえ、どこか虚ろな表情を浮かべている。
今向かっている場所が、二人にとって何か思い入れがあるところだとクロナとシスリナはそれとなく察した。
「ねえ、ペイジ」
歩を進めるペイジの背にフレデリアが声をかけた。「私は、行きたくない」
それは今にも泣きだしそうな声だった。
ペイジは応えなかった。ただ、淡々と歩を緩めることなく道なき道を進む。
「ペイジさん……」
俯くフレデリアを抱きしめたシスリナがペイジを呼んだ。「少し、休憩しませんか?」
シスリナの言葉にも、ペイジは反応しなかった。
崩れ落ちそうなフレデリアをクロナとシスリナが支える。引きずるような足取り。ゆっくりと後を追った。
突然目の前が開けた。
切り開かれた森。無数の切り株。子供が遊んでいたのだろう、手作りの遊具は長い月日を経て朽ちていた。
「……そうだよ、俺たちは避けていたんだ。ここにくると、あの頃を思い出してしまうから」
アイリスの言葉を思い出し、ペイジは歯を食いしばりながら呟いた。
もともと粗末な造りだった家。長い間放置されたそれは、もはや原型をとどめることなく、崩れ落ちていた。
「ローディ。俺たちは、戻ってきたよ」
かつて三人が住んでいた家があった場所で、ペイジは強く、目を閉じるのだった。
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