釣り人あかねちゃんとお魚どろぼう
天気のいい夏の夕方、空は橙に染まり、太陽が水平線に向かって行くのが見えます。港には漁を終えた蒸気船が、ポーっと音を立てながら帰ってきています。
そんな夏のある日のお話です。
「よーし!今日はこれくらいで帰ろっと!」
防波堤で一人釣りをしていた女の子、タンクトップにハーフパンツという、なるべく暑くなさそうな服装のあかねちゃんは、釣り竿を片付けはじめます。
あかねちゃんは小さな島に暮らす小さな女の子です。料理屋の娘で、今日釣った魚は明日にはお店で料理されます。あかねちゃんは小さいながらも、家のお仕事を頑張っているのです。
「さあ、帰ろっと……あれ?」
釣り竿を片付けたあかねちゃんは、バケツの方を見ます。
「お魚が!」
今日は5匹のお魚を釣りました。そして、さっきまでバケツの中には、5匹のお魚が入っていたはずです。
ですが、そのバケツはひっくり返されて、4匹のお魚が地面でピチピチ跳ねています。ピチピチと跳ねる魚はそのまま海へ飛び込んできます。
「あーあーあー」
あかねちゃんはお魚を捕まえようとしましたが、結局、逃げられてしまいました。
「うーん……ん?」
あかねちゃんは倒れたバケツから伸びる水の跡に気づきました。水の後は、林の方につながっていき、そこから先はよくわかりませんでした。
水の跡を追っていこうと思ったあかねちゃんでしたが、もう日が暮れてしまいます。
「むー」
あかねちゃんは「仕方ないなあ」という顔で、とりあえず家に帰りました。
……翌日、あかねちゃんは昨日と同じように、一人で釣りをしていました。太陽はそろそろ真上に来ていて、それなりにお魚も釣れています。
ですが、あかねちゃんはの目はお魚どろぼうを警戒して、鋭く光っています。
「むー……お!かかった!」
お魚どろぼうを警戒していますが、もちろん釣りの方も忘れてはいません。
「ぬににに……大きい……!」
あかねちゃんは、たもを持って防波堤の下の方に降りていきます。釣り竿だけは絶対に引っ張り上げられない大物です。
海面がばしゃばしゃと音を立てて、大きな魚が姿を見せます。あかねちゃんはその魚めがけて、えいっとたもを振りました。
「つっかまえったー!」
やりました!今日一番の大物です。
「うわーい!釣った!……はっ!」
あかねちゃんは、お魚どろぼうのことを思い出しました。急いでバケツを置いているところまで駆け上がります。
「あーっ!」
そこには、昨日と同じく、ひっくり返されたバケツがありました。
「むー」
あかねちゃんは「仕方ないなあ」という顔で、バケツを見つめます。そこには昨日と同じように、林の方に繋がる水の跡が残っていました。
「……よし!こうなったら、すずおねーちゃんを頼ろう!」
……さらに翌日、あかねちゃんは同じように防波堤に釣りに来ていました。ですが、今日は一人ぼっちではありません。
「とゆーわけで、すずおねーちゃんは見張りだよ!」
「うん、わかった」
あかねちゃんに呼ばれたすずさんは、真夏だと言うのに、半袖長ズボンの作業着です。というのも、すずさんは蒸気屋さんの娘なのです。すずさんも将来は蒸気屋さんになりたいと考えていて、いろいろな工具を持ち歩いています。
「それじゃあわたしは、あっちの方で見張ってるから」
すずさんは、少し離れた木陰を指差します。
「うん!しっかり見張っててね!」
あかねちゃんは、すずさんと別れて釣りをはじめました。
「はいはい」
すずさんは、木陰の下で、双眼鏡をセットして本を読みながら、その時を待ちます。
……それからしばらくして、すずさんが本を読むのにも飽きてきた頃です。あかねちゃんの方から、ばしゃばしゃと大きな音が聞こえてきました。どうやら、大物を釣り上げようとしているようです。
あかねちゃんは、昨日と同じように、たもを持って駆け下ります。
「それじゃあ、見張ってみましょうか……」
すずさんは、双眼鏡であかねちゃんのバケツを見つめます。
すると、何かがバケツに近づき、ひっくり返しました。そして、魚を一匹くわえていきます。その一部始終を見届けたすずさんの眼鏡が光ります。
「ははあ、なるほど」
その後すぐに、あかねちゃんがバケツのそばまでやってきて、何か言いたげな顔ですずさんの方を見ました。
すずさんは、返事をする代わりに手を振って立ち上がり、あかねちゃんの元へと向かいます。
「すずおねーちゃん!見た?」
「うん。でも……」
「でも?」
すずさんの言葉に、あかねちゃんは首を傾げます。
「あかねちゃんは、犯人を見つけたらどうするつもりなの?」
すずさんの質問に、あかねちゃんはどう答えようか迷いました。
「うーん……こらしめちゃう!」
「ふふ、それじゃあ、犯人を見つけに行こうか」
すずさんはそう言うと、腰に巻いた作業服の上着を着ます。夏は暑いですが、林の中に入るなら長袖は欠かせません。そして、青いスカーフでボサボサの髪を簡単にまとめます。
「さあ、あかねちゃん、準備はいいかな」
「おー!」
あかねちゃんは腕を上げて元気に返事をしました。すずさんが林に道を作りながら進み、あかねちゃんはその後を追います。
……しばらく歩いて、すずさんがピタリと止まりました。
「どしたの?」
「しー。静かに」
すずさんは、後ろから覗き込こうとするあかねちゃんに、小さな声でしーの合図をして、奥の方を指差します。
「じー……」
あかねちゃんは、すずさんの後ろから顔を出して、すずさんの指差す場所を見ます。
「……あ!」
あかねちゃんは思わず小さな声を上げました。
「ねーん」
「ねんねん」
その独特な鳴き声は、ニジネコです。それも、母猫と父猫、そしてたくさんの子猫が揃った家族です。
「ねん!」
「ねーん!」
いろいろな毛色のニジネコ一家は、あかねちゃんが釣った魚をみんなで食べています。
あかねちゃんは、その姿にじーっと見惚れています。そんなあかねちゃんに、すずさんはヒソヒソ声で話しかけます。
「あかねちゃん、どうする?こらしめちゃう?」
あかねちゃんは、首を大きく横にブンブンと振ります。そして、すずさんにヒソヒソ声で答えました。
「今回はおおめに見てあげます」
そう言って、あかねちゃんは笑いました。
「ふふ、そうだね」
すずさんも笑います。そして、二人はニジネコを驚かさないように、そっと浜辺に帰っていきました。
……それから数日後。あかねちゃんは、いつものように一人で釣りをしていました。太陽はそろそろ真上に来ていて、それなりにお魚も釣れています。
「むー……お!かかった!」
どうやら、大物の予感です。
「ぬににに……大きい……!」
あかねちゃんは、たもを持って防波堤の下の方に降りていきます。釣り竿だけは、絶対に引っ張り上げられない大物です。
海面がばしゃばしゃと音を立てて、大きな魚が姿を見せます。あかねちゃんはその魚めがけて、えいっとたもを振りました。
「つっかまえったー!」
やりました!今日一番の大物です。
「うわーい!釣った!……はっ!」
あかねちゃんは、ニジネコのことを思い出しました。急いでバケツを置いているところまで駆け上がります。
「おーっ!」
そこには、ひっくり返されていないバケツがありました。
「むー」
あかねちゃんは、仕方ないなあという顔で、1匹の魚を置いてあった地面を見つめます。そこには、いつもと同じように、林の方に繋がる水の跡が残っていました。
おしまい