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27*Aloud

Aloud――声に出す


私立薬師寺学院特進科校舎 大教室A‬


 12月下旬。

 人間はクリスマスを祝っているが、薬達には無縁であった。

 けれど、予定の合う薬達は、特進科担任・松本まつもと白華はっかの号令で呼び出されていた。‬


「皆ー?『いつどこで?』やるわよー!」


「ええぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!」

 この間も特進科の生徒が集合して大喜利をしたが、その時と同じような反応を生徒達は返した。

「先生、『いつどこで?』って何ですか?」

 ブプレノルフィンが問う。

「5W1Hなら、聞いたことがあるけど…」

「間違ってはないわね、ナロキソン」

 5W1Hは、ニュース記事を書くときの慣行である。

 ニュース記事の最初の段落には、『5W』の多くを含むべきとされている。すなわち、When(いつ)Where(どこで)Who(誰が)What(何を)Why(なぜ)したのか、である。日本においては、『5W』にさらに『1H』、すなわちHow(どのように)を含む『5W1H』であるべきであるとされる。


「複数の人間がね、5W1H…必ずしもその全てではないんだけど、その部分だけを書いてね、一斉に出すとか、あらかじめ混ぜておいてランダムに引くとかして、出来上がった文章のナンセンスさを楽しむ言葉遊びがあるのよ」

「なるほどー、人間はこれを『いつどこで?』って呼ぶんだね!」

「その通りよシロシビン。今回は『いつ』『どこで』『誰が』『何をした』の部分ね。4枚紙をあげるから、それぞれの部分を書いておくのよ」

 松本は生徒達に4枚ずつの紙を手渡した。

「わかりました!」


 ***


 それぞれ自分の身に起こったことを書いた生徒達は、その紙を4つの箱に分けて入れた。

「19人いるから、19回やりましょう。ビンゴマシーンには貴方達の番号の玉しか入れていないから、それで私が引いた番号の生徒が紙を引きなさい」

「…はい!」


 松本はビンゴマシーンで番号を選んだ。

「最初に引くのは…32番、フルニトラゼパム!」

「またオレがトップバッターなのかよ!」

 フルニトラゼパムは、それぞれ紙を引いた。

「えーと…『1998年に』『カナダで』『リゼルグ酸ジエチルアミドが』『合成された』と」

「私がかい?」

 C20H25N3O・リゼルグ酸ジエチルアミド。デバイスの色は黄色。

 本来は1943年4月16日にスイスのA・Gサンド社で発見された、非常に強烈な作用を有する半合成の幻覚剤である。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。


「次は…26番、チオペンタール!」

「…わかりました」


「『2000年に』『向精神薬に関する条約で』『エフェドリンが』『ペルビチン錠として市販された』」

「へー、そうなのか…オレってそうなのか…」

「違うわよエフェドリン。これはあくまでランダムに引いてるだけだから」

 C10H15NO・エフェドリン。デバイスの色はゴールドオレンジ。

 充血除去薬または局部麻酔時の低血圧に対処するために使われる交感神経興奮剤である。本来は医薬品としてヱフェドリン「ナガヰ」錠25ミリグラムやアストフィリン配合錠などが、含有する一般医薬品を1箱に制限した上で市販されている。

 実際に向精神薬に関する条約では規制されていないものの、覚せい剤取締法で覚せい剤原料に、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律では『乱用の恐れのある医薬品の成分』に指定されている。


「はい次ー。10番、ジアゼパム!」

「了解!」


「『1885年に』『スイスのA・Gサンド社で』『ジアゼパムが』『他のベンゾジアゼピン系よりも強い乱用の傾向から1段階昇格した』だってさ…って俺じゃん!」

 C16H13ClN2O・ジアゼパム。デバイスの色は朱色。

 ベンゾジアゼピン系の向精神薬の一種である。

 他のベンゾジアゼピン系よりも強い乱用の傾向から1段階昇格してはいないものの、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で処方箋医薬品に、麻薬及び向精神薬取締法で第三種向精神薬に指定されている。


「19番、エチゾラム!」

「はーい!デパスいっきまーす!」


「『2018年10月17日に』『長井ながい長義ながよしの手で』『メチルフェニデートが』『発売された』…ってつい最近じゃん!」

「私を呼んだか?」

 C14H19NO2・メチルフェニデート。デバイスの色は白。

 本来は1954年に特許が取得されドイツで発売された、精神刺激薬の一種である。

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律の処方箋医薬品・劇薬、麻薬及び向精神薬取締法で第一種向精神薬に指定されている。


「14番、四ヒドロキシ酪酸!」

「は、はい!」


「『1994年に』『日本で』『ある患者が』『違法な鎮静薬に指定された』…どういうこと?」

「あ、その『ある患者が』って書いたの私ー」

 C17H15ClN4S・エチゾラム。デバイスの色はチェリーレッド。

 チエノトリアゾロジアゼピン系に属する抗不安薬、睡眠導入剤であり、ベンゾジアゼピン系と同様の作用を持つ。

 その『ある患者』は2000年に東京医科歯科大病院で彼女を10倍量誤投与され、植物状態になったというのが真相である。

 麻薬及び向精神薬取締法で第三種向精神薬に指定されている。

 ちなみに歴史上にはヒトに由来する生薬が存在したらしいが、現在ではヒト由来の生薬は存在せず、私立薬師寺学院の生薬・漢方科にもそのような生徒は在籍していない。


「12番、トリアゾラム!」

「はい」


「『1962年に』『ナチス統治下のドイツで』『四ヒドロキシ酪酸が』『製造停止した』…は?」

「私はまだここにいるわよ?」

 C4H8O3・‬四ヒドロキシ酪酸。デバイスの色は薄紫。

 ヒドロキシ酸の一種である。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。

 ちなみに1962年の時点では、既にナチスは消滅している。


「39番、シロシビン!」

「はーい!」


「『2018年に』『アメリカ・ヴァージニア州で』『ププレノルフィンの錠剤が』『死刑執行に同国で初めて使用された』んだって!ほんとかな?」

「シロシビン君、それは嘘で〜す」

 C29H41NO4・ブプレノルフィン。デバイスの色はクリームイエロー。

 オピオイド受容体に対するオピオイド部分作動薬である。

 本来は鎮痛やオピオイド依存症の治療に用いられ、死刑執行に用いられることはない。

 麻薬及び向精神薬取締法で第二種向精神薬に、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で習慣性医薬品、劇薬に指定されている。


「46番、ナロキソン!」

「はいっ♪」


「『1944年に』『東京医科歯科大病院で』『チオペンタールが』『開発された』…貴方ですか」

「…俺はそんなところで開発された覚えはないんだが?」

 C11H17N2NaO2S・チオペンタール。デバイスの色は濃紫。

 本来は1935年にアメリカで開発された、バルビツール酸系の全身麻酔薬である。

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律における劇薬に指定されている。


「21番、テトラヒドロカンナビノール!」

「はい!」


「『2001年後期に』『アメリカ食品医薬品局で』『アルプラゾラム入りの紅茶を飲んだチンパンジーが』『第IIb相の治験を承認された』だって」

「どういうことっすかそれ!」

 C17H13ClN4・アルプラゾラム。デバイスの色は空色。

 ベンゾジアゼピン系の短期間作用型抗不安薬および筋弛緩薬の一種である。

 彼入りの紅茶を飲んだチンパンジーはかつて実在しており、2009年にアメリカの個人宅で突如狂暴化し飼い主の友人の顔面を食い千切り、その後警官に射殺された。

 治験とは医薬品もしくは医療機器の製造販売に関して、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で承認を得るために行われる臨床試験のことなので、当然そのチンパンジーは治験を受けることはない。

 麻薬及び向精神薬取締法で第三種向精神薬に指定されている。


「7番、メタンフェタミン!」

「…(はい)」

 メタンフェタミンは無言で頷いてみせた。


「私が代わりに読むわね。『1963年に』『レオ・スターンバックの手で』『トリアゾラムが』『合成された』」

「先生は俺を何だと思ってるんですか?」

 C17H12Cl2N4・トリアゾラム。デバイスの色は紺色。

 本来はアメリカのアップジョン社が開発した、ベンゾジアゼピン系の超短期作用型睡眠導入剤である。

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で処方箋医薬品及び習慣性医薬品に、麻薬及び向精神薬取締法で第三種向精神薬に指定されている。


「25番、リゼルグ酸ジエチルアミド!」

「はーい」


「『1982年に』『西ドイツのグリューネンタール社の化学者の手で』『フェンタニルが』『エチゾラムを10倍量誤投与され、植物状態になった』ってさ」

「俺がエチゾラムを誤投与され植物状態…理解不能です」

 C22H28N2O・フェンタニル。デバイスの色は緑。

 オピオイド系の合成鎮痛薬である。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。


「41番、ブプレノルフィン!」

「わかりました~」


「『1943年4月16日に』『アメリカ食品医薬品局で』『大麻が』『合成された』ですって〜」

「えっ?ブプレさんそれってどういうことですか?」

 C21H30O2・‬テトラヒドロカンナビノール。デバイスの色は紫。

 本来は2006年にスタンフォード大学の2人の化学者が合成したカンナビノイドの一種で、大麻の主な有効成分となっている。‬

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。‬


 「37番、トラマドール!」‬

 「はい」‬


「『2009年に』『アメリカ食品医薬品局で』『デソモルヒネが』『認可された』」

「アメリカ食品医薬品局?なんだそりゃ?」

 C17H21NO2・デソモルヒネ。デバイスの色は赤。

 オピオイド系の合成麻薬であり、ロシュ社が開発した鎮痛剤の一種である。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。


「11番、デソモルヒネ!」

「よっし!」


「えーと?『1950年代に』『アメリカで』『ある母親が』『マオウから単離抽出された』…って…どういうことだよ?」

「その…『誰が』の部分書いたのって、僕なんだ」

 C21H27NO・メサドン。デバイスの色は青。

 オピオイド系の合成鎮痛薬である。

 その『ある母親』は2016年にアメリカ・ヴァージニア州で生後3か月の実子にメサドンを投与し、逮捕されたのが真相である。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。


「27番、エフェドリン!」

「はい!」


「読むぞー。『2016年に』『アメリカ・ネブラスカ州で』『メタンフェタミンが』『突如狂暴化し、飼い主の友人の顔面を食い千切った』」

「………………………(一体何を言っているんですの?)」

 C10H15N・メタンフェタミン。デバイスの色はアイスブルー。

 覚醒剤の一種である。

 アメリカでは彼女自身は指定されていないものの、窒素原子上にメチル基が置換する前の状態であるアンフェタミンが規制物質法のスケジュールIIに指定されている。

 日本では覚せい剤取締法で指定されている。


「8番、メサドン!」

「はい!」


「いくよ?…『2002年に』『ロシアで』『ナロキソンが』『発見された』」

「メサドン君は何を言っているの?」

 C19H21NO4・ナロキソン。デバイスの色はストロベリーピンク。

 本来は1963年に三共で開発された、オピオイド拮抗薬の一つである。

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で処方箋医薬品及び劇薬に指定されている。


「5番、フェンタニル!」

「はい」


「『1938年に』『三共で』『シロシビンが』『オピオイド依存症の治療薬として認可された』」

「違うよー、フェンタニルくーん」

 C12H17N2O4P・シロシビン。デバイスの色は黄緑。

 マジックマッシュルームと一般に称されるキノコに含有される、本来は幻覚剤としての効果を持つ成分である。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。


「4番、アルプラゾラム!」

「はーい!」


「『2009年に』『スイスのチバ社で』『トラマドールが』『合法化された』っすよー」

「私は向こうでは規制された覚えはないな」

 C16H25NO2・トラマドール。デバイスの色は深緑。

 オピオイド系の鎮痛剤の一つである。

 スイスでは国内規制はされていないが、日本では医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で劇薬に指定されている。


「ラスト…0番、メチルフェニデート!」

「はい!」


「『2018年8月14日に』『アメリカの個人宅で』『フルニトラゼパムが』『生後3か月の実子にメサドンを投与し、逮捕された』!」

「おいこらぁ!オレはアメリカは行けねえし、子供を産むことも、メサドンを投与することも、オレ自身が逮捕されることもねえ!」

 C16H12FN3O3・フルニトラゼパム。デバイスの色は橙色。

 ベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤の一種である。

 本来アメリカでは医薬品として承認されたことはなく、一部の州では規制物質法のスケジュールIに指定され、あらゆる状況において使用する事を禁止されている。よって、旅行者が彼をアメリカに持ち込むには証明書が必要であり、あったとしても逮捕される場合もある。

 麻薬及び向精神薬取締法で第二種向精神薬に指定されている。

「…っていうか締めもオレかよ!なんでだよ!」

「ランダムにしてるわよ?」


「というわけで、『いつどこで?』を終了します!解散!」

『いつどこで?』は松本の一声で幕を閉じた。

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