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23*Advice

Advice――忠告


私立薬師寺学院特進科校舎 治療室A

 ここ・治療室Aでは今まさに、とある薬の依存患者に対する治療が行われているところであった。


 その薬とは、C21H23NO5・ジアセチルモルヒネ。デバイスの色は青緑。

 一般的にはヘロインと呼ばれる、極めて強い依存性を形成する麻薬である。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。彼女は麻薬研究施設の設置者及び麻薬研究者による、厚生労働大臣の許可を受けた使用以外は禁止されており、薬師寺学院でも普段は封印状態にある。


 だが、いくら現身うつしみを封印したところで、分身わかちみの濫用を防ぐことはできない。

 現身はあくまで『薬に宿る意思』程度の存在であり、薬の依り代である分身の方が人間に重要視されるからだ。販売されるのも投与されるのも取引されるのも規制されるのも、あくまでも分身=『モノ』としての薬である。


 そこに薬達の意思が通ることはない。


 多くの人間は、薬に現身=『ヒト』としての姿や意思があるとは思わないだろう。

 C17H21NO2・デソモルヒネやC12H17N2O4P・シロシビンのように嬉々として人間に干渉したがる薬もいるが、C16H12FN3O3・フルニトラゼパムのように人間への干渉を拒む薬もいる。だが、例え薬自身が人間に影響を与えることを拒んだとしても、薬効は発揮されるし、副作用も出る。


 現身には、麻薬及び向精神薬取締法‬などの法律は適用されない。適用されているのはあくまで分身に対してである。‬

 薬物所持などで逮捕された場合に分身を預かることはあるが、現身の身柄が確保されることはない。現身は普段は薬師寺学院にいるからという理由もあるが、ヒトとしての戸籍などがないからという理由が、おそらく一番強いだろう。‬


 彼らには麻薬及び向精神薬取締法‬などの法律が適用されない代わりに、戸籍などは与えられず、免許なども発行されないのだ。‬

 薬師寺学院にいるのも人間からの研究を受ける為であり、薬が人間に無条件に保護されることはない。‬

 また、‬C19H21NO・パラモルフィンや‬C18H21NO3・メチルモルヒネのように、人間に取り憑き人間と共存する薬もいるものの、その資格などは『取り憑いた先の人間』としての名義で取ったものとなる。取り憑いた先の人間である高堂たかどうゆい篠塚しのづか・グレース・コーデリアは薬師としての資格を持つが、その人間に取り憑いた薬であるパラモルフィンやメチルモルヒネとしては資格を持たない。‬


 薬がどう人間と関わるかはその薬次第ではあるが、それ故に悩み苦しむ薬も多いのが現状である。


 ***


「…姉さん」

 C21H27NO・メサドン。デバイスの色は青。

 オピオイド系の合成鎮痛薬である。

 代謝されるのが遅く非常に高い脂溶性を持つため、モルヒネ系の薬剤よりも持続時間が長く、ジアセチルモルヒネの解毒や維持療法の際は1日に1度のみの投与で済む。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。

 依存症の治療には、彼が従来用いられてきた。


 だがそんな彼であっても、一度に何人も治療するのは流石に無理があったようだ。

「先生、患者の数が多すぎて僕だけじゃ治療しきれません。援護の薬を誰か呼んでください」

「そう…じゃあ、ナロキソンは今別の治療に当たってるから…ブプレノルフィン呼ぶわね」

 これ以上はやり切れないと判断した彼は、特進科の担任である松本まつもと白華はっかに要請する。

 それを受け取った松本は放送を入れた。


『C29H41NO4・ブプレノルフィン。出動を要請します。すぐに治療室に向かうように。繰り返します、C29H41NO4・ブプレノルフィン――』


「あらあら、どうしたのー?」

 C29H41NO4・ブプレノルフィン。デバイスの色はクリームイエロー。

 オピオイド受容体に対するオピオイド部分作動薬であり、主にオピオイド依存症の治療に用いられる化合物である。

 日本では鎮痛剤の商品名レペタンとして大塚製薬より注射薬と座薬が、ノルスパンテープとして久光製薬よりパッチ剤が市販されている。

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で習慣性医薬品・劇薬に、麻薬及び向精神薬取締法で第二種向精神薬に指定されている。


 彼女はパラモルフィンの誘導体であり、その鎮痛作用はμ-オピオイド受容体に対し部分作動薬として働くことによる。すなわち、彼女がオピオイドの受容体に結合すると、部分的にだけ活性化をもたらす。一方でμ-オピオイド受容体に対する結合力は、アンタゴニストとして知られるC19H21NO4・ナロキソンなどと匹敵するほど非常に強い。これらの性質のため、彼女はオーバードースを避け、注意深く使用しなければならない。

「ブプレノルフィン、ちょうどよかった。メサドン1人じゃ治療しきれないの、患者が多すぎて」

「大丈夫ですか?充分な期間は置きましたか?」

「ええ、置いた患者にだけ当たってもらうわ」

 彼女を完全作動薬であるC17H19NO3・モルヒネなどへの依存症患者に処方する場合には離脱症状を引き起こす可能性もあり、離脱症状が治まるには24時間以上かかる。このため彼女に切り替えるときは、以前のオピオイド薬物の服用から十分な期間――半減期の数倍の期間を置かなければならない。


「あらー?ヘロインちゃん…封印されてるのに駄目じゃなぁい」

「封印したって、それで人間からの薬物乱用を抑止することにはならないのよ。この学院も、あくまで貴方達を研究するための施設だもの」

「それなら封印してる意味って…」

「ブプレノルフィンの言うことも、一理あるわね。メタンフェタミンやリゼルグ酸ジエチルアミド、メチレンジオキシメタンフェタミンはそれで許されるかもしれない。けどあの子だけは、たとえ不完全でも封印しておかなければならないの。それは私にはどうにもできないの」

「上の事情ですか?」

「そうよ。日本では医療での使用を含めた全ての使用、製造等が禁止されているの。だから本来はここに留めておかなければならないのだけど…何やってるのかしらね、あの子は…」


「その通り!」


「…フルニトラゼパム?」

「どうしたの、フルニト君?」

 C16H12FN3O3・フルニトラゼパム。デバイスの色は橙色。

 ベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤の一種である。

 投与量ベースで最も強力なベンゾジアゼピン睡眠薬の一つとされており、日本の精神科治療薬のうち過剰摂取時に致死性の高い薬の3位である。

 麻薬及び向精神薬取締法で第二種向精神薬に指定されている。

「ったくあいつは…!リタリンを利用するだの何だの言ってたけど、それも音沙汰ねえし!諦めたんならそれはそれで有り難えけどさ!」


「リタリン…知らない子だわ。メサドン君は知ってるかしら?」

「はい、知ってます。ブプレさんは知らないんだっけ…転級生ですよ、ちょっと前まで神経科にいたんです。本名はメチルフェニデート」

 C14H19NO2・メチルフェニデート。デバイスの色は白。

 精神刺激薬の一種である。

 厚生労働省告示第107号により、1回30日間分までの処方に制限されている。

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律の処方箋医薬品・劇薬、麻薬及び向精神薬取締法で第一種向精神薬に指定されている。


 今現在は、自分に眠る『もう1人の自分』・デキストロメチルフェニデートを制御する為に、研究所に閉じ込められている。

「あの子…『はじまり様』も目をつけてるみたいね」

「『はじまり様』…?誰ですか?」

「メサドン…確かに、貴方には言っていないわね。率直に言うと、貴方達向精神薬の大先輩、といったところかしらね?」

「…そんなお方が」

「ええ、そうね。…2人とも、治療に当たってちょうだい。フルニトラゼパムは教室に戻っていいわ」


「はぁい♪」

「はい!」

「じゃ、戻ります!」

 メサドンとブプレノルフィンは治療ブースに、フルニトラゼパムは教室に赴いた。


 ***


 2人は治療を終え、戻ってきた。

 松本はメサドンを呼び出して、こう告げる。

「…メサドン」

「はい?」

「貴方達が何を考えているかには触れないであげるわ。けど…これは忠告よ」


「メチルフェニデートを狙っているのは貴方達だけじゃない。『はじまり様』もよ。メチルフェニデートの取り合いになってもいいように――気をつけておくことね」


同時刻 ヒュギエイア総合薬物研究機関日本支部 ラボラトリー・コード122・『ガランサス』


 C22H28N2O・フェンタニル。デバイスの色は緑。

 オピオイド系の合成鎮痛薬である。

 効果はモルヒネの100~200倍と言われ、最も強力な鎮痛剤として使用されている。

 麻薬及び向精神薬取締法で麻薬に指定されている。


 彼は薬品管理用アンドロイド・舩田ふなだことCRYOクライオ27D号に付き添われ、メチルフェニデートの元に来ていた。


「大丈夫ですか、コントロールはできましたか…って、ボロボロじゃないですか」

 彼女はデキストロメチルフェニデートのコントロールの過程で、現身がボロボロになっていた。

「ああ…っ、なんとか…」

「そうですか。そこで質問です」


「貴方は非情になれますか。例え貴方の参考服薬者レシピエントを敵に回したとしても、『否定する9人(ナインズナイン)』に関わる覚悟がありますか」


「え…………」

「迷っているのですね。であれば忠告です。非情になれないのであれば、今すぐにとは言いませんが…この件からは手を引くことをお勧めします」

「この件って…『否定する9人』のことか?」

「はい、その通りです。『否定する9人』の目的は人間の否定、人間にノーを突きつけることです。――それは例えどんな犠牲を払っても、です」

「それは…手段を選ばずにか?」

 メチルフェニデートの声色は揺れている。それは消耗しているからだけではない。

 迷っているのだ。

 フルニトラゼパムの前では人間寄りの解答を返したものの、いざ改めて突きつけられると揺らいでしまう。

「ええ、もちろん。貴方は自分の記憶のために関わっているのでしょう?」

「…ああ」


 それから少しの逡巡しゅんじゅんの後――


「どうですか。まだ結論は出せませんか」

「…出せる…わけ、ないだろうが…っ!」


 ――自分の記憶は確かに取り戻したい。

 ――だが、カナを見捨てることは私には…

 ――デキストロメチルフェニデートをコントロールしたところで、結果がどう出るか…


「では、保留ということで宜しいですか」

「…ああ、それで頼む」

「把握しました」

 フェンタニルは『ガランサス』を去――ろうとして、思い留まったようでメチルフェニデートに再び顔を向けた。

「どうしたフェンタニル?去らないのか?」

「舩田先生、少々お待ちください」


「メチルフェニデート――貴方は白い。白いならどんな色にも変われますよ。それで何かの色に変わるか、何にも染まらず白いままでいるのか――それは貴方の気持ち次第です」


「…そう、なのか」

「用済んだかフェンタニル?」

「済みました」

「ああ、それならもう行こう。じゃ、リタリンは無理せずやれよ?」

「はい!」

 フェンタニルと舩田は、『ガランサス』を去っていった。

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