22*Antagonist
◇メチルフェニデート〔リタリン〕
C14H19NO2
精神刺激薬の一種。
16歳。記憶の一部を封印された、中性的な少女。
◇フェンタニル
C22H28N2O
オピオイド系の合成鎮痛薬の一種。
16歳。常に敬語で話す、機械的な少年。
◇メサドン〔メサペイン〕
C21H27NO
オピオイド系の合成鎮痛薬の一種。
16歳。特進科の学級委員を務める、大人しめな少年。
◇アルプラゾラム〔ソラナックス〕
C17H13ClN4
ベンゾジアゼピン系の抗不安薬および筋弛緩薬の一種。
14歳。良くも悪くも素直で遠慮がない少年。
◇ジアセチルモルヒネ〔ヘロイン〕
C21H23NO5
オピオイド系の麻薬の一種。
17歳。とある計画の為に行動している少女。
◇フルニトラゼパム〔ロヒプノール〕
C16H12FN3O3
ベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤の一種。
17歳。正義を掲げて生きる、自罰的な少年。
◇ケタミン〔ケタラール〕
C13H16ClNO
アリルシクロヘキシルアミン系の解離性麻酔薬の一種。
17歳。最強を目指す、ストイックな少女。
◇チオペンタール〔ラボナール〕
C11H17N2NaO2S
バルビツール酸系の麻酔薬の一種。
17歳。「処刑人」と呼ばれている、真面目な少年。
◆松本白華
人間
特進科の担任。
29歳。薬達を教え導いている。
◆神宮寺彼方
人間
フィリア女子学院の生徒。
16歳。ナルコレプシーで入院しており、メチルフェニデートを服用している。
◆三川早織
人間
フィリア女子学院の生徒会長。
17歳。チオペンタールと何らかの関係があるようだが…?
Antagonist――拮抗薬
ヨコハマ薬科大学 実務実習センター
篠塚・グレース・コーデリア。ヨコハマ薬科大学の教授である。
彼女にはC18H21NO3・メチルモルヒネが取り憑いているが、そのことは関係者以外には秘密にされている。
「グレース教授じゃないですかぁ!」
田口みぞれ。ヨコハマ薬科大学実務実習センターの講師である。
篠塚にとっては、共にヨコハマ市から『危険ドラッグ防止啓発ポスター』監修の依頼を受けた者である。
「みぞれさん、わたくしは先日ヒュギエイア機関日本支部に出向いてきましたわ。そこで、あなたに調べて頂きたい事がございますの」
篠塚は、メチルフェニデートについてまとめた書類を渡した。
C14H19NO2・メチルフェニデート。デバイスの色は白。
精神刺激薬である。
日本ではリタリンと、徐放製剤のコンサータが認可されている。
リタリンの運動亢進作用は強度と持続性において、アンフェタミンとカフェインのほぼ中間である。通常、成人は1日20〜60ミリグラムを1〜2回に分割し経口摂取する。
リタリン・コンサータ共にそれぞれ流通管理委員会が設置され、流通が厳格に管理されており、登録された病院及び薬局でしか処方、引き渡しができない。
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で処方箋医薬品・劇薬に、麻薬及び向精神薬取締法で第一種向精神薬に指定されている。
「なんでしょうか?」
「最近、メチルフェニデート・商品名『リタリン』の参考服薬者・神宮寺彼方の夢に、それの現身とよく似た少女が出る…と」
「確かあれの現身は、銀髪の…」
メチルフェニデートの現身は、一部を三つ編みにした銀のロングヘアーと碧眼を持った、概ね高校生あたりの少女のような姿をしている。
だが、その『よく似た少女』は違っていた。
「普段のメチルフェニデートはそうですわ。ですが、夢に出てくるのは黒髪で、手で触れたものをボロボロに壊していくそうなんですの」
「『触れたものを壊す』――?メチルフェニデートにそのような薬効や能力はないはずですが…あ!」
「…何か、知っていますの?」
「『触れたところに新しいものを作る』という能力の薬は聞いたことがあります。その薬がヒュギエイア機関日本支部の地下研究室に封印されているらしいのですが、その薬と何か関連は…」
「わかりませんわ。だから、それを調べてほしいのです」
篠塚は田口を信頼している。
田口は薬物――人間の身体と人格を持ち、人間と交流する彼ら彼女らのメカニズムを解明するのに一役買った人物でもあるからだ。
人間に関わる大部分は、田口が在学中に発見したものである。
「お任せあれ!」
「…貴方に頼んで良かったですわ」
同時刻 ヒュギエイア総合薬物研究機関日本支部 ラボラトリー・コード113・『ナルキッソス』
ヒュギエイア総合薬物研究機関日本支部――特進科校舎の地下にある研究室の名前は、雪に関わる名を持つ花に由来している。
このラボラトリー・コード113・『ナルキッソス』も例外ではなく、雪の中でも元気に咲くところから『雪中花』と呼ばれるスイセンの学名が由来である。
スイセンは欧米では『希望』の象徴であり、ガン患者をサポートする団体の多くで、春の訪れと共に咲くこのスイセンが『希望』のシンボルとして募金活動のキャンペーンに用いられている。
この研究室『ナルキッソス』は、『はじまりの薬』が閉じ込められ、眠らされているところである。
『――ランツァン…聞こえているか…?』
「聞こえてるきゅー。それで『はじまり様』は何がしたいのきゅー?」
彼女はランツァン――正式名称・LENGCANG010号。
『はじまりの薬』が連れているもふもふした機械生命体であり、舩田ことCRYO27D号と同じ『薬品管理用アンドロイド』に分類される。
大剣を始めとしたあらゆる武器に変形することができ、人間の姿にもなれる。人間の姿でいる時は蘭蒼と名乗っている。
『エフェドリンを…知っているか…?』
C10H15NO・エフェドリン。デバイスの色はゴールドオレンジ。
充血除去薬または局部麻酔時の低血圧に対処するために使われる交感神経興奮剤で、漢方医学で生薬として用いられる裸子植物のマオウに由来するアルカロイドである。
覚せい剤取締法で覚せい剤原料に指定されている。
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律では『乱用の恐れのある医薬品の成分』とされており、彼、またはプソイドエフェドリンを含有する一般薬の販売は原則として1人1箱に制限されている。
記憶を消されかけていたとはいえメチルフェニデートにとっては兄のような存在であり、武器も彼女や『はじまりの薬』と同じ大剣である。
「えーと…あいつのこときゅー?知ってるきゅよー。確かメチルフェニデートとかいう新入りの兄貴分だかなんだかって言ってたきゅ。あいつも『はじまり様』と同じ形の武器を使ってるきゅー」
『エフェドリンも、メチルフェニデートも…ジアセチルモルヒネが、目をつけている…』
ジアセチルモルヒネは自身のとある目的のため、メチルフェニデート、及びその中に眠る『よく似た少女』に目をつけている。またエフェドリンに関しては、『よく似た少女』に関わる鍵と見做している。
「みゅー…あいつも何考えてんだかわかんないきゅよねー…呼び出して来るっきゅー?」
『いや…別に構わない…』
「了解っきゅ」
数分後 私立薬師寺学院特進科 玄関前
「これは一体どういうことですの!」
C10H15N・メタンフェタミン。デバイスの色はアイスブルー。
アンフェタミンの窒素原子上にメチル基が置換した構造の有機化合物である。間接型アドレナリン受容体刺激薬としてアンフェタミンより強い中枢神経興奮作用をもち、依存性薬物である。
日本では商品名ヒロポンとして販売されているが、「限定的な医療・研究用途での使用」に厳しく制限されている。
覚せい剤取締法で覚せい剤に指定されている。
普段は喋らない彼女だが、今は珍しく声を荒らげて詰問している。
「私達に連絡も入れないで…いきなり帰ってきたかと思ったら、メチルフェニデートにばかり目を向けて…!」
彼女が問うているのは、エフェドリンに対してだった。
口調こそ篠塚・グレース・コーデリア――メチルモルヒネと似通ってはいるが、メタンフェタミンの気性の荒さを隠しきることはなく、気品を感じさせるメチルモルヒネとは明らかに方向性の異なるものである。
「すまん冰毒…顔見せれなくて」
彼はついこの1ヶ月前にも戻って来ていたが、結局は生薬・漢方科にすぐ戻ってしまった。同科の生徒・杏仁に呼ばれた為である。
「まあ1ヶ月くらい間空いちまったけど、許してくれるか?」
「ええ、とりあえず許しては差し上げますわ!メチルフェニデートのことなら色々とご存知なのでしょう?」
「まあな…」
そんな彼らを見ている影が1人分。
「あれ、エフェドリンさんじゃないですか!」
「艾來!どうした?」
C32H39NO4・フェキソフェナジン。
組織細胞機能科に所属する、ヒスタミンH1受容体拮抗薬である。
アレルギー性鼻炎、蕁麻疹、皮膚疾患に伴う瘙痒に用いられる。商品名アレグラ――中国語名『艾來錠』で発売され、現在はジェネリック医薬品やオーソライズドジェネリックも販売されている。
「…って、いつものエフェドリンさんじゃないですね。ディレグラ配合錠として一緒にお仕事してる時の貴方って、もっと…その、おどおどしているイメージなんですけど」
「そっか、――ありゃ偽物だ」
『ディレグラ配合錠』――フェキソフェナジンにプソイドエフェドリンを配合したものである。
彼――エフェドリンは光学活性を示し2つの不斉炭素を持つが、それらの不斉炭素上の立体配置が逆である鏡像異性体をそのまま『エフェドリン』、同じであるものを『プソイドエフェドリン』と呼ぶ。
これらの違いは、現身の状態だと二重人格として現れる。
魔王を自称する自信家のエフェドリンと違い、やや弱気でおどおどしているのがプソイドエフェドリンである。
「いつも見せてんのは偽麻黄素――プソイドエフェドリン。つまり偽りのオレだ」
「…えっ…嘘でしょう?ねえそこの銀髪のお姉さん!嘘ですよね!ねえ!」
「…………」
メタンフェタミンは、フェキソフェナジンに問われても黙っているままだった。
「本当だ。悪いが…これが真の姿なもんでな」
「そう、ですか。エフェドリンさんがあんな風にハキハキ喋るなんて意外でしたから…」
「…お前それ何気に失礼だぞ」
「アレグラ、なんであんた特進科の玄関なんかにいるの」
「わあ…キプレスごめん!」
C35H36ClNO3S・モンテルカスト。
組織細胞機能科に所属する、ロイコトリエン阻害薬である。
気管支喘息や季節性アレルギー疾患の諸症状の治療に用いられる。日本では商品名シングレア、キプレスで販売されている。
「全くもう…オノン達も待ってるよ?」
商品名オノンで発売されているC27H23N5O4・プランルカストも、同じく組織細胞機能科に所属するロイコトリエン阻害薬である。
「エフェドリンさん見掛けたから…話しかけようって思ったの」
「あそこは入っちゃ駄目。というか専用の端末ないと入れないの。私らが持ってる生徒手帳じゃ無理無理」
事実、特進科の校舎は隔離されており、認証システムが入り口に付いている。
特進科の生徒達は『特定薬品認証システム』――『デバイス』をかざすことで、扉を開け、校舎に足を踏み入れているのだ。
このシステム上、特進科の生徒と普通科の生徒が合同で『配合錠』としての治療に当たる際は、必ず特進科の生徒が普通科の校舎に出向くという形になっている。
その例としては『ディレグラ配合錠』や、神経系科に所属するC8H9NO2・アセトアミノフェンと特進科に所属するC16H25NO2・トラマドールの配合錠である『トラムセット』、同じくアセトアミノフェンと特進科に所属するC18H21NO3・ヒドロコドンの配合錠である『バイコディン』などがある。
「まあ、いつもエフェドリンさんにはこっちに来てもらってるしね…」
「そうそう。あっ、私達は組織科に帰ります。じゃあ」
フェキソフェナジンとモンテルカストは、特進科校舎に入ることはせず普通科に戻っていった。