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あの賞品は誰の手に?(後編)

こちらは「後編」です。


まだ推理し足りない方

「前編」を見ていない方

1度お戻りになることをオススメします。





既読! 推理済み! はよ見せろ!

そんな方はお待たせしました。

どうぞご覧ください。



 川沿いのテニスコート付近。ベンチエリア。

 賞品のスポーツドリンクのペットボトルが行方不明になった。

 しかし、賞品の置かれていたベンチにはつねに誰かが居た。

 そんな事件の最中、他の7人の前で、彼女は言い放った。


「わかったんだよ。私、この事件の全容と、盗んだヤツが!」


 彼女が勝ち誇るように、にやりと笑んだ。


「はあ」

 彼が溜息をついてから言った。

「さてと。んじゃ、そろそろお昼だし、事件は迷宮入りということで、帰るとするか」

「おいおいっ! なに言ってんの正志くん! 私、事件のことわかったって――」

「どーせ皆元のことだから、その推理、まと外れだろ? 聞くまでもねえよ」

「こらこら。私、これでもいろんな謎を解決してきてるんだからね。もう名探偵といっても過言ではないくらいに!」

「ウソつくなよ。そんなに解決してねえだろ。ちょっと数えてみろよ」

「えとえとえーっと、あれは、いや、違った。じゃ、あの件は、んん? ――まあとにかく、私、真相がわかったんだよ。聞いてよ!」

「はあ、おいごまかしたろ?」

 ムキになる彼女。面倒そうな彼。

 そこに――横やりが入った。

「あたしはいいわよ。別に聞くだけなわけだし。いいじゃないの正志」

「アスカ……」

「そうだよ正志。聞くだけなら構わないじゃん。聞いて損するわけでもないし」

「勉強時間が減るぞ? 昼から受験勉強するっつってただろ? おまえが」

「よし! ぜひとも皆元さんの推理を聞いてから帰ろう!」

「エビヤ……おまえ……」

 少年少女が傍聴に同意した。

「聞きたい聞きたい。聞かせてよ皆元姉ちゃん」

「うん。どうして無くなったの? ミーねえ」

「ホントにわかったの? ミナ姉ちゃん」

 小学生3人はすでに話しを聞く雰囲気だった。

「うんうん。ケンちゃん、トラちゃん、ルイちゃんも、私の推理を聞きたいようだね」

「それでみっちゃん。どういうことなの?」

「ふふふ。寧々香、気が早いよ。まずは――」

「おい。皆元、おまえホントにわかったのかよ。それなら後のこと――」

 彼女がニッと笑って、彼の言葉を遮った。

「だいじょうぶだよ。正志くん。私にまかせて」




 彼女が語り始める。

「まずまず、はじめに状況を整理しましょう。――賞品のペットボトルが失くなったのは、トーナメント中、第一試合から第四試合までの間である。だがしかし、その間は、つねに誰か2人以上がベンチに居たため、ペットボトルを盗み出すことは不可能である。そう、これは――衆人環視のもとで行われた野外密室での殺人事件だ」

「うん!」

「うんうん」

「おい小学生。うん、じゃねえよ。――いや、まず皆元、誰も死んでねえから殺人じゃねえよ」

 彼がツッコミした。


「そしてそして、コレ大事なんだけど、みんなの話しを聞いたところ、ペットボトルが盗まれたトーナメント戦の間、知らない人物は誰もこのベンチにやってこなかった」

「そうだね。うちら8人以外の人間は第一から第四試合の間、誰も来なかった。テニスコートにもベンチエリアにも」

「だからあたし、犯人はこの8人の中にいると思うって言ったわけよ」

「チッチッチ」

 彼女が得意げに、ノーを表すために舌を鳴らして指を振った。

「そいつぁ違うぜ、寧々香、アスカちゃん」

「なに、このハードボイルド調な喋り方……」

「気にすんなアスカ。気にしたら負けだ。皆元の特殊な仕種には、特に意味はない」


「犯人はこの中にいる? それは違う。――この自然公園には、人間以外のモノがいる!」


「人間以外のモノ……まさかっ」

 少女が思考し、ハッと気がつく。

「それは、宇宙人が、あたしの賞品を盗んで行ったってこと……?」

 あまりの衝撃に彼がよろけた。

「…………予想の斜め上、いいや、場外ホームラン級の返答で、ツッコミができなかったぜ……。ぶっ飛んでいたのはテニスの球だけじゃなかったのか……」

 小学生が嬉々として反応する。

「宇宙人? いるわけないじゃん、そんなの」

「いやケン。わかんないじゃん。宇宙人なら、進歩した技術で透明になれるかも」

「あ、トラが言うように透明になれるなら、アリかも。――ああ、もしかして、サンタさんも透明になれるから、あんなにたくさんのプレゼント配れるのかな? どう思う、ルイ」

「うーん。でもサンタさんは、透明になれるんじゃなくて、壁をすり抜けられる『透過』みたいな能力があるんじゃないかな、きっと。透明になれても、配達時間はあんまりかわらないと思うよ」

「え、でもルイ。サンタさんは家に侵入するために、カギ開けの技術を習得するのが大事って、ぼく、なにかで読んだ気がするよ」

 ここで、彼がようやく止めた。

「小学生ども、クリスマスには1ヶ月ほど早いからサンタクロース議論はひとまず置いておけ。――それからアスカ。宇宙人いるかいないかは、この際ややこしいから置いておくとして、まず宇宙人という発想が出てくることがすげえけど、違うから!」

「え、なんでよ。小学生の言うように透明になれる宇宙人なら――」

「透明になれるスゲエ技術を持っている宇宙人がいたとして、そんな奴が地球上でただの平凡なペットボトルドリンクを盗むかよ。技術の無駄遣いすぎるわ。てか、そんなことできるなら買えよ。130円くらいで。もしくは作れよ。その技術力で。――って、そうじゃねえな。動機や理由がないだろ。ワケだよ、宇宙人がペットボトルを窃盗するわけ」

「ああ、言われてみれば、確かにそうも考えられるわけね……」

「言われる前に考えてくれると良かったんだが……」

「む。――じゃあなによ正志。あんたはその、ここにいるっていう人間以外のモノってヤツがなにか、わかってんの?」

 少女が挑発するようにあおるが、彼は事もなさげに、ただ言った。


「ん? ふつうに、動物とかだろ」


「ああっ! 私が言いたかったのにぃ!」彼女が嘆いた。「正志くんめ、良いところ取りしやがって。そういう謎のメインワードは探偵役が言うモノでしょ。なに横取りしてんのよ!」

 彼、うんざり。

「はあ。誰が言ってもいいだろ?」

「誰が言ってもいいなら私に言わせてよ! ああ、もう、ムカつく。――ま、でも、そのとおり。この事件の犯人は動物よ!」

「どーぶつ?」

「なるほど!」

「そっか……そういうことかも」

 小学生が反応した。

 彼女が解説を始める。

「うん。ここは自然豊かな川沿いの公園です。野良犬――は、いないかな。でも、野良猫やカラス――それよりもっと大きな鳥も川沿いだし、たくさん見られるよね。そんな野生動物がいる。そういう存在が盗んでいったんじゃないかな。ペットボトルをちょろまかしたのは、あたしの勝手な予想だと、かわいいネコちゃんかな」

「はいはい」

 彼が適当に相槌した。

「トーナメント開催中、だれも知らない人はベンチに来なかった。それは間違いない。――でもねでもね? 動物だったらどうかな? 猫やカラスなら、こちらに近付いてこられるでしょ。それに動物だからね。一瞬で持ち去ってしまえば、誰も気がつかないでしょ?」

「そういうことか」

「ほーほう。そゆーことかー」

「ああ、そうかも。うんうん」

 小学生が納得したように頷く。

「うん。だから、取り返すのはちょっと難しいね。もう逃げちゃったから追えないし。もしも鳥が持っていったとして、飛んで巣に持って帰られたら、どの木の上にあるのかとかわからないし、木に上るのも危ないしね。――はい。これが私の推理です!」

 事件は収束した。






 解散となった。

「そんじゃ、気をつけて帰れよ。車やチャリに轢かれんなよ」

「特にケンとトラ。前を見て歩いて帰えるんだよ」

「うん。わーってるって。正志兄ちゃん、エビヤ兄ちゃん」

「じゃーね。正志にい、エビにい、また来週」

「うん。バイバイ!」

 小学生が帰っていった。


「ふう。あんた、皆元っていったわよね?」

「え、うんうん。そうだけど、アスカちゃん」

「アンタなかなかやるじゃない。見直したわ」

「えっ?!」

「いやー、まさか野生動物だったとは、盲点だったわ。ヒトの気づかない心理的トリックってわけ? よくわかったわね」

「いやまあうん。――ところで寧々香。この後なんだけど、私ちょっと用事ができちゃって、悪いんだけど一人で帰れるかな?」

「ああ、うん。道は覚えてきたから、大丈夫だよ」

「よかった。ごめんね」

「うん大丈夫だよ、みっちゃん。わかってるから」

「それと皆元、あんた――」

「あ、それじゃそれじゃあ、私、用事があるから先に帰るね。おさきにー」

 彼女はその場を後にした。




「正志。あの皆元ってコ。なかなかやるわね」

「はあ?」

 テニスコートに備品でブラシがけする彼は、横で見ていた少女の言葉にすっとんきょうな声で応じた。

「だって事件解決したわけよ。すごくない?」

「ああ、そうだな。ふつう、あの解答は出てこねえよ」

「そうよねー。動物とか、ふつうわかんないわよ」

「ん? あれ」

「ん? なによ」

「アスカ。わかってねえの?」

「なにがよ? 動物による窃盗事件のことなら全部聞いたから、理解しているけど?」

「やべえ。皆元以上かよ。――ヘッポコを超えた存在。ポンコツとでも言うべきか……」

「なによ、ポンコツって! なんのこと言ってるのよ」

 彼は、しれっと言った。


「あの皆元の推理ぜんぶウソ。つーか、ハッタリだぞ?」


「は、はぁああああああああ!?」

 少女が驚いた。

 ブラシがけをしていたもう一人の少年が納得していた。

「あ、やっぱしそうなんだ。ちょっとおかしいと思ってたんだよね」

「エビヤ、おまえ半信半疑だったのか? よく口に出さなかったな」

「まあ、ね。皆元さんなら状況を悪いようにはしないだろうと思って、見守ってたんだ。正志もそうなんだろ?」

「ん。まーな。もしも皆元が『犯人』を追及するようだったら止めようと思ってたけど」

「ちょっと待ちなさいよアンタ達。ちょっとおかしい? どこがよ。それに、犯人って!」

「ね、アスカちゃん。まずさ、動物がペットボトルのジュースを盗んでいくと思うの? 無駄だよ。開けられないだろ。開封できないよ、ペットボトルを」

「そもそも鳥や猫が500ミリのペットボトル持っていけるか? 小動物には重いし。持っていけたとしても、一瞬で盗み出すことはできねえよ。口でくわえるにしても、足で掴むにしても」

「それに水を入れたペットボトルをウチの外に出しているご家庭もあるじゃん。災害時の非常用か、光の反射で猫よけ効果があるとか、そんな理由で」

「実際アレ、猫よけ効果ねえけどな」

「らしいね。――でも、アレを動物が盗んでいったなんて話しはないじゃん」

「そもそも、近くに水場が――川があるんだから、動物が人間の飲み物を盗む理由がねえよ」

 もっともな理由に、少女は葛藤する。

「えー。た、たしかに……いやいや、でもわかんないじゃん。スポーツドリンクを好むグルメな野生動物もいるかもしれないわけでしょ?」

「うーん。でも少なくともこの辺りにはいないんじゃないかな」

「アスカ。俺、言ったよな。このコートをもう一年以上使わせてもらってるけど、今までモノを盗まれたことなんてないって。もちろん飲食物が盗まれたこともない。だから経験上、野良の動物が盗んでいったつーのは、ありえねえんだよ」

「ああ、そういえば。言ってたわね……」

 少女は納得した。

 だが――

「じゃあ、なんであの女はそんなウソをついたわけ――って、その前に、正志!」

「ん?」

「アンタ、あの7人の中に犯人がいるって、わかってたわけ?」

「犯人、――そうだな。『持っていった奴』はわかった」

「ちょっとアンタ何やってんのよ。あたしのジュース! ペットボトル持っていかれちゃったじゃない。大損よ」

「仕方ねえだろ。それにアレは――」

「正志、アンタは犯人を知っていて言わなかったわけでしょ。これ、同罪じゃない?」

「は?」

「あたし、ペットボトル1本分、損してるわけなんだけど? これどうしてくれるわけ?」

「ん?」

「だからあんた、今度、あたしに一杯おごりなさいよ」

「…………はあ」

 彼は溜息をついた。

「ま、機会があったらな」


「でもさあ、正志――」

「ん? なんだよエビヤ」




 住宅街を貫く道路。彼女はそこを歩いていた。

 追いついて、尾行して、一人になったところで、ようやく声をかけた。

 優しい口調を心がける。

「やあやあ、ルイちゃん」

「え、ミナ姉ちゃん。どうしたの?」

「うん。ちょっとルイちゃんとお話しをしたいと思ってね」

「なに、どうしたの? どんなご用件?」


「うん。ルイちゃんが持っていった賞品のペットボトルについて、お話ししたいと思って」


「え」

「なんだか、ちょっとおかしいと思ったんだ。いつもはクールなルイちゃんが、今日のトーナメント戦では妙に勝ちにこだわっていた。一回戦の時は、正志くんを挑発するなって言ってたし、いつもよりも焦ったプレーをしてた気がするんだ。余裕がなかった」

「…………」

「まあ負けちゃったけど。でもそれで気が抜けちゃったのか、二回戦では、あんまり力を発揮できていなかったしね。それは、それほどに、賞品が欲しい理由があったってことだよね?」

「……な、なんでそんなこと」

「ま、ペアだったからね。それくらい、わかるよ」

「……」

「だから、私、ルイちゃんに――」


「…………なんで、ぬすんだって決めつけるの?」


「え?」

 泣き出しそうな顔で反論してくる。

「ただ、今日は勝ちたい気分だったから、がんばっただけだよ! あせってなんかないよ」

 必死だった。

「でも、なんか、ルイちゃん……余裕がなさそうだったし……」

「そんなことで犯人にしないでよ」

「……で、でも、そのバッグの中には、例の青いラベルのペットボトルが入ってるんだよね?」

「たしかに入っているけど…………これは、自分のだもん」

 自分でラケットバッグを開けて、中から例の青色ラベルのペットボトルを出した。

 開栓もされていない、新品同様の状態だった。

「自分で飲もうと思って買った、自分のモノだよ。ケンと同じ。……あの時、これを出さなかったのは、出して見せる必要がなかったし、これを見せて犯人呼ばわりされるのが怖かったからだよ!」

「な、なるほど……」

「それに、正志兄ちゃんが言っていたよね。無理だって、不可能だって。ベンチにはいつも2人以上がいたから、盗むの無理だって。それなのに、なんで犯人だなんていうの?」

 泣きそうな顔で、必死に訴えていた。

 その圧力に押される彼女は――

「た、たしかに……」

「なにをやってんだ、おまえは……」

 後ろから声がした。


「た、正志くん?」

「正志兄ちゃん……」

 そこには彼がいた。




 少し前のこと。例のテニスコートにて。

「でもさあ、正志――」

「ん? なんだよエビヤ」

「皆元さん、ルイが賞品を持っていったのは、わかってると思うけど、どうやって持っていったかは、わかってるのかな。ボクもわからないし」

「んん?」

「いや、トリックっていうの? ベンチには常に試合のない誰かいただろ。そんな状態でどうやって持っていったのかと思って――」

「嫌な予感がする。エビヤ、すまん。ちょっと後片付けまかせた!」

 そうして、彼は走りだした。




 そして駆けつけた彼が溜息をついた。

「まったく、皆元は……。私にまかせてとか言うから全部わかってるのかと思いきや、肝心なところを理解してなかったのかよ。押されてんじゃねえよ。トラブってんじゃねえよ」

「いや、その、まったくそのとおりです。はい、すみません」

「ルイが犯人呼ばわりされて責められないように、小学生のガキどもをウソの推理で納得させて帰宅させる。それは良いアイディアだった。評価するぜ。――だがなあ、実際にルイと2人になったところで、トラブルになってどうすんだよ」

「はい、ごめんなさい。ルイちゃんなら、キミがやったんだね、といえば認めてくれるかと思っていまして……」

「そうか。だが、賞品を持っていった方法や理由をわかっていなかったとか。そこ、どうなんだよ。名探偵さんよ? 数々の謎を解決してきた名探偵さんよぉ?」

「はい、すいません。返す言葉もございません」

 グチグチと文句をたまわった。

「まったく……」

「でもでも、たしかにそうなんだよ正志くん。ルイちゃんには不可能なんだよ。ベンチには常に2人以上、試合のないペアがいた。だから、ペットボトルを持っていくことは無理なんだよ!」

「皆元。おまえは、ルイが持っていったと思っているのか、それとも持っていってないと思っているのか、どっちなんだよ?」

「ルイちゃんが持っていったと思っているけれど、ルイちゃんが持っていった方法がわからないの。だってだって、不可能じゃん無理じゃん!」

「はあ……」

「溜息つくな。幸せが逃げる!」

「じゃあ、つかせんな! 今まで皆元のせいでだいぶ幸せを逃がした気がするぞ」

「でもでも、ルイちゃんには不可能なんだよ」

 彼女は整理するように、話し出す。

「まずルイちゃんは、第一試合は選手としてコートにいた。第二試合はベンチにいたけれど、私とアスカちゃんも一緒だった」

「ああ、皆元がバテバテで倒れていたときな」

「ええ、ええ、そうですね。――でもでも、アスカちゃんもいたんだから、妙な動きはできないでしょ?」

「ああ、そうだな」

「それから第三試合も選手でコートにいた。第四試合も第二試合と同じような状況だった。――ほら、ルイちゃんが賞品をバッグの中に入れるタイミングはないよ?」

「はあ」

「あ、また!」

「皆元、トラがトイレに行った時のこと、覚えてるか?」

「え、うん。トラちゃんが全力疾走でトイレに向かった時のこと?」

「トイレに行って帰ってくるまで、小学生の足なら十分くらいかかるんだよ」

「ああ、うん。トイレ遠いよね」

「それから、トラがトイレから返ってきた後、ケンがトラになんて言ったか、覚えてるか?」

「ん? えーっと……」

「……『トイレくらい行っておきなよ。ぼくは試合のあとに行ったよ』。そういうことを話していただろ?」

「あ、あー、そうだったそうだった」


「つまり、そのタイミング、ケンがトイレに行っている間、ルイはベンチでひとりになるんだ。その間に賞品のペットボトルをバッグに入れたんだろ」


「いやいや、まってよ正志くん。ケンちゃんは『試合のあと』にトイレに行ったんでしょ?」

「だから、それは『ケン自身の試合のあと』にトイレに行った、ってことだろ。ケンの試合は第三試合までだ。つまり第四試合の最中にトイレに行ってたんだよ」

「ああ、なるほど。……あ、でもでも、全試合が終わってからトイレに行った、と考えることもできるんじゃないかな。そのケンちゃんの言い方だと」

「全試合が終わったあと、ていうのは、第四試合が終わったあと、つーことだが、それは無理だ。第四試合が終わったあと、すぐに表彰式をしただろ。トイレに行っているヒマはねえよ。んで、その表彰式で賞品がないことに気がついてみんなで探し始めたんだ。その時、ケンはトイレになんか行っていなかっただろ?」

「ああ、そうだね」

「だからケンがトイレに行ったのは、第四試合の最中だったつーことだ」

「あれ? でもさ、それならケンちゃんは、ルイちゃんがベンチでひとりになっていた時間があるって、知っていたってことだよね? なんで言わなかったのかな?」

「ケンはルイが賞品をどうにかするとは考えてなかったんだろうぜ。はなっから誰か別に『犯人』がいると思っていたんだ。だから言う必要がなかった。第四試合の時も『ルイがベンチにいたから無理』という先入観があったんだ。ルイがするわけがない、と信じてたんだろ」

「……なるほどね」

 その言葉に、その小学生はうつむいて顔を隠した。


 だがそこで、彼女は気がついて悩みだす。

「……って、んん? まてよ。おかしいな。ほら、ルイちゃんがペットボトルをバッグに入れたのが第四試合の時なら、対戦のない私と寧々香もベンチにいたはずたよね。ほらほら、試合がないのは第2ペアと第4ペアだし。なぜだ……どうやって――」

「おまえらは『審判』でコートにいただろーが! せめて自分の行動くらいは覚えておいてくれよ!」

「あ、そうだった」

「はあー」

 今日一番大きな溜息だった。

「……審判は基本、俺とエビヤでやっていたけど、第四試合は2人とも選手だったからな。――んで、皆元に頼んだら、一人じゃ誤審しそうで不安だからつー理由で、鷲尾を巻き込んで2人で審判をしたんだろ?」

「そーだったそーだったわ」

 彼女は首を縦に振った。

「一人になる時間なら、第三試合の時のトラも、ある程度はあったのかもしれねえけど。エビヤとアスカが代わる代わるベンチに来ていたって話していたし。でもそんな、いつエビヤかアスカがやってくるかわからない状態で、賞品をどうにかするのはバレるリスクが高すぎる。なによりトラはケンと同じく主催者だ。賞品をどうにかするメリットがねえ」

「そうだね。トイレ行くのを我慢してまで必死に賞品を探してたもんね……」

「だから、賞品を持っていけたのは、ベンチで一人になる機会のあったルイしか、ありえないってことだ」

 下を向いてうつむいているその子に、彼は現実を話した。




 それでも、頑なだった。

「……ちがうよ。やってないよ……」

「ルイちゃん……」

「はあ。ガンコ者だな……」

「ちょっと正志くん。言い方!」

「……ぬすんでなんか、ないよ……」

「ルイ、俺は――いや、俺達はおまえが『盗んだ』なんて、一言もいってないだろ?」

「……え?」

「まあ、『持っていった』のはルイなんだろうけれど……」

「なに、え、どういうこと? もしかして、ルイちゃんを脅してペットボトルを盗もうとした真犯人がいるとかそういう――」

「すげえ陰謀論だな。――いや、そうじゃねえよ。ルイがペットボトルを持っていったのは間違いない。でも、それには理由があるからだろ。だから、『盗んだ』つー言い方は、なんというか、あまり適してない」

「……正志兄ちゃん……でも……それは……」

 おびえているその子の頭を、彼はポンポンと優しく叩いた。

 安心させるように。

「大丈夫だよ。ルイ、俺は全部わかってるから」

「え、正志にいちゃん……全部って」


「そのペットボトル、ケンとトラがお金を払わなかったモノなんだろ?」


「…………うん」間をあけて頷いた。

「え、お金を払わなかったって……正志くん、それ、もしかして、万引きってこと?」

 ビクッ、とその単語を聞いた小学生が反応した。

 まるで、それを恐れているように。

「ちげえよ皆元。いや、まあでも、それに近い行為なのかもな。だからルイは何とかしようとしたわけだしな」

「どういうこと?」

「皆元、この賞品のペットボトルドリンク、ケンがどうやって用意したか、わかるか?」

「え、わかんないよ。だって特になにも話していなかったし。家にあったモノとかなんじゃないの?」

「これは、俺も推測だったんだが、ルイが認めてくれたからな。間違いない」

 彼は確信に変わった推測を話した。


「そのペットボトルは、ケンが自動販売機で購入した際に、2本出てきたモノなんだ」


「へ?」彼女が首を傾げた。「なんで、どこにそんな要素あったの?」

「まず、ケンが賞品の代わりと自分の飲み物を渡そうとしてきた時。――ケンが持っていた飲み物は、賞品と同じものだっただろ。青いラベルのスポーツドリンク。そして、それは自販機で買ったと言っていた」

「うんうん。でもたったそれだけで――」

「それだけじゃない。表彰式の後、賞品が失くなってみんなで探していた時に、ケンとトラがケンカしそうになってただろ」

「うん。ちゃんとしまっておけばよかったって」

「そこでトラが『賞品はもともとケンが当てたモノ』って言ってたんだ」

「あ、そういえば、うん。気になってはいたけど、忘れてた。あの時は、たずねられる雰囲気じゃなかったし」

「ああ、俺も気になってんだ。――んで、ケンが当てたってことは、くじ引きか何かで無料で手に入れた、つーことだ。そしてケンは賞品と同じスポーツドリンクを持っていて、それを自販機で買ったということから――」

「自動販売機から2本出てきた。なるなるほどほど、そういうことか!」

「ああ、そういうことだ」

「なんだなんだ。ラッキーじゃん。お得じゃん」

「ま。そうなんだけど。――そこの頑なにマジメな正直者は、そうは思わなかったみたいだな。そういうことでいいんだろ、ルイ」

「……うん」

 下を向いた小学生が、小さな声で言った。


 彼女が聞いた。

「あの、え。ところで何が問題なの?」

「だから、さっきも言ったけど代金を払ってねえわけだろ」

「でも、2本出てきたんでしょ? 相手のミスじゃん」

「相手つーか自販機だけどな。でもルイがそこまでしたってことは、きっと当たり付きの自販機とかじゃなくて自販機のミスで2本出てきたんだろ」

「ええ、そうっぽいけど。でも2本出てきたんでしょ?」

「金銭取引で相手のミスに気がついて、指摘せずに得をした場合、罪になるからな?」

「え、でも自販機でしょ?」

「ああ、自販機だけどな。ま、でも基本は同じだ。だからルイは返そうとしたんだろ?」

「……うん」

 泣き出しそうなその子が話す。

「……今朝、ケンが買った時にふたつ出てきて、それを賞品にしてトーナメントをしようって……。止めたんだけど、聞いてくれなくって。それで、ケンとトラがどろぼうになっちゃうって思って、だから……だから……」

 泣き出した子の頭を、彼はまた優しくポンポンと叩いた。

「はあ。まったくバカ正直だな」

「ちょっと、正志くん言い方!」

「ああ、はいはい。――ところでルイ。俺はトーナメントの優勝者なわけで、その賞品のペットボトルの所有者ってことになるんだが?」

「え、ちょっと正志くん?」

「そーいう『いわくつき』の賞品を貰っても、なんかスッキリしねえし、返しに行きたいんだけど、その自販機の場所、おしえてくれないか?」

 その言葉で、ようやくその子は泣き顔をあげて、笑った。

「…………うんっ」




 件の自動販売機へ。

 表示されているステッカーの管理者の連絡先に電話。

 管理者は付近の家の人で、ちょうど家にいたので事情を説明してペットボトルを渡した。

 お礼を言われた。




「正志兄ちゃん、ミナ姉ちゃん、どうもありがとう」

「別にルイに礼を言われるようなことはしてねえよ」

「そうだね、正志くんの言うとーりだ。でもでも良いことしたよ。心が晴れやかだよ。やってよかった。――ルイちゃん、アンタはいい子やねえ」

「え、いや、そんなことは……」照れた。

「じゃ、ルイ、気をつけて帰れよ。浮かれて道路に飛び出して車に轢かれるなよ?」

「ひ、轢かれないよ!」

「じゃあねルイちゃん。また来週」

「うん。――ばいばーい」

 そうして小学生は彼らと分かれて、帰っていった。




「さてと、コートの整備や片付けをエビヤに任せちまったし、荷物を置いて来ちまったから、一度戻らねえと……」

「いやあ、悪いねえ正志くん」

「おう。マジで感謝しろよ、皆元」

 愛想笑いの彼女に、うんざりな彼が答えた。

「でもでもさっきの、手際が良かったよねー」

「ん? なんのことだ」

「自販機の商品を返しに行った時のこと。ああいう風にするんだね。自動販売機には管理者の電話番号とか書いてあったんだね。知らなかったよ」

「ああ、そうだな。――あと他にも下の隅には、現住所を表示しているステッカーがあるから、事故や火事で、救急車や消防車を呼ぶ時に便利だぞ」

「へー。――って、詳し過ぎでしょ」

「いや、別に……」

「なんでそんなに詳しいの? どこでそんなこと知ったの?」

「…………前に、俺も自販機から2本ジュースが出てきたことがあんだよ。ガキのころに」

「へー。なるほど、それで経験者だったのか。――でもでも意外だなあ。正志くんなら、ジュースが2本出てきたら、そのまま貰っちゃいそうな気がするけど……あ、ごめん。失礼だったかな?」

「いいや、別に。つーか、そうだ。――俺はそのジュース、パクっちまおうと思ってたんだ」

「ん?」

「だから、俺はその2本出てきたジュースを、……なんつーか、2本とも飲むのは量が多かったから、なんつーか、気が向いたから、アイツにやったんだよ」

「ん。アイツってだれ?」

「真斗だよ」

「ああ、お兄さんの真斗くんね」

「ああ。……それなのに、だ。アイツは『2本出てきたら返さなきゃダメだ』とか、言いやがって、すみずみまで自販機を調べて電話番号を見つけて、ガキの頃だからケータイとか持ってねえからわざわざ母さんを呼んで電話してさ」

「なるほど」

「ま、その時は、管理会社の人間から『そのままお飲みください』つーことで貰えたんだけどな。――でもアイツにはムカついたぜ。わざわざヒトが『やる』つってんのに、返すの一点張りだしよお。『おまえも手伝え』って自販機の連絡先を探すの手伝わされるし。『正志が泥棒になるのは嫌だ』って、別に俺が盗んだわけじゃねえよ。いいことしたのに踏んだり蹴ったりじゃねえか。まったく」

 イライラグチグチ文句を言う。


「ぷっ……ふふふ」

「おい、なに笑ってやがんだよ、皆元」

「ふふ、いやごめんね、なんというか」

「なんというか?」

「……『らしい』なぁと思って」

「…………けっ」

 彼はそっぽを向いた。

「でもでも、ほほえましいエピソードじゃん」

「どこがだよ」

「正志くん、お兄さん大好きだねー」

「はあ!?」振り返った。

「だってだって、どうでもいいことだったら、そんなこと覚えてないよ」

「…………アイツにイラついたから、覚えていただけだ」

「ふーん。でも結局、正志くんも自販機の連絡先を探すのを手伝ったんでしょう?」

「……まあな」

「それは真斗くんが言ったことが正しいって認めているからでしょ?」

「…………正しいと認めるのと、好き嫌いは、別問題だろ」

「ほー。でもでも、そもそも嫌いな相手に自分のジュースあげたりしないでしょ?」

「…………気が向いただけ、つっただろ」

「へー」

「…………」

 彼は何も言わない。

「でもでも、きっと『むこう』も、同じように覚えていると思うよ」

 その彼女の言葉で、彼の中の積もり積もった何かが崩れた。



 彼が彼女を抱きしめた。



「……………………え。」

 まず彼女が一音だけで困惑を発した。

「……………………あ。」

 そして彼が一音だけで、やってしまったことに気がついて意識を取り戻した、それが伝わった。

「……あ、あの、……ま、いや、正志くん、えっと、あの、その、寒いし、カイロの代わり? なんて、冗談はおいていておいていて、私は、運動で、テニスをしばたかりでして、シバタ? いや、そうじゃなくて、汗は気なるけれど、においは……、って、ではなくてですね、ここは、道の公衆の、往来なので、えっと、そろそろ――」

 赤色に発熱する彼女を、彼がゆっくり放した。

 向かい合って、互いに視線は足もと。

「…………」

「…………」

 何も言わなかった。

 何も言えなかった。

 そして幸いにして、周囲に人の気配はほぼ無かった。

「…………み、皆元」

「ちょっ、ちょっとストッピ!」

「ストッピ?」

「間違えた。ストップ。待った。タイム!」

 彼女はクルッと半回転して、彼に背を向ける。

「はい! 深呼吸! すーはーすーはー」

 彼女は丁寧に3セットほどくりかえした。

 彼は律義にその場で待っていた。

「よしっ」

 そういって振り返った。


「あの、正志くん。先程のは、あの、例の罰ゲームでしょうか?」


「罰ゲーム……あ、ああ、そ、そういうことだな」

 それはテニストーナメントのモチベーションをあげるために彼女が提案したもの。

 優勝者は最下位になにか1つ命令可能。

「あ、ああ。な、なるほど! そういうことかー。もうっビックリしたよ。まったく」

「ああ」

「そうか、なるほど。ま、うん。わかった。――じゃ、私、帰るわ。また来週ね」

「おう。そんじゃな」

 そう言って、彼女は背を向けて走って帰った。





「……あ、そういうわけね……」

 その様子を見ていた少女が呟いた。







 その夜。

 彼女は自室のベッドの上で――

「ちょっと、あの男、なに考えてんの! 抱きしめるとか抱きしめるとか! 抱擁だよねコレ、そーよ、ほーよ、ってダジャレかっ! これ、ウワキになる感じなの? いや、そうじゃなくてなんであんなことってアレは私を黙らせるため? って、そんな感じでもなかったってことはやっぱりあれは本気で――」

 ――のた打ち回っていた。

 まな板の上で暴れる魚のごとく、バタンビタンと暴走する。


「うるさいうるさいわ! 明日学校でしょうが! 早く寝なさい!」

 怒られた。




ここまでお読みくださり

ありがとうございます。

本当にお疲れさまです。


前半の『皆元推理劇』で

「コレありえねえだろ」怒

「言ってたことと違うなぁ」

と、投げ出さず、ページを閉じないで、

よくぞ後書きまでたどり着いてくださいました。


後半で、ちゃんと推理してますから、

まだ諦めないでください!


あ、ここで言っても意味ないか……


ホントお疲れさまでした。


では。また次回で。

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