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あの賞品は誰の手に?(前編)

ちょっと長いので

前編と後編に分割です。

後半が解決編でございます。


犯人はこの8人の中にいる、のか?

「止めときなって」

「なんでだよ。べつにいいだろ」

「でもさ、それはーー」

「……」

 意見は聞き入れられなかった。

 少年は歩いてゆく。




 日曜日、朝。

 天気は冬晴れ。少し寒いが支障はない。

 川沿いのテニスコート。そこから少し離れたベンチ。

 彼女達がやってきた。

「やあやあ、どもども、おはよーさん! 今日もやってるねえ」

 ベンチに腰掛けていた小学生3人がそれぞれ返事した。

「あっ、皆元(みなもと)姉ちゃん」

「来たなー、ミーねえ」

「おはよーミナ姉ちゃん」

 返事をした順番にケン、トラ、ルイの小学生3人組である。

「うむうむ。おはよ」

「皆元姉ちゃん、いっしょに来たその人、だれ?」

「おう、ケンちゃん。よくぞ聞いてくれました。彼女は私の友達だ。今日はいっしょにテニスさせてもらうから。みんな、よろしく」

 そう言って彼女はとなりに目配せした。

「えっと、おはようございます。うちは鷲尾(わしお)寧々香(ねねか)っていうの。……今日はよろしくね」


「鷲尾姉ちゃん、かぁ。わかった。よろしくー」

「うん、よろしくね。ケン君」

「わしお……。じゃあ、ワシねえ、かな。よろしくワシねえ」

「え、あ、うん」

 呼び方があまり可愛くない。ので、曖昧な渋い返事だった。

 それを聞いていた彼女が、やんわりと変更を要請した。

「おいおいトラちゃん。その呼び方だと、ご老人が自己主張してるみたいじゃない?」

「ワシねえワシねえ。あ、ホントだ! 僕ねえ僕ねえ、とか、俺ねえ俺ねえ、とかみたいだ。何か聞いてほしいことがあるジイちゃんみたいに聞こえる。しまった」

「名前の方にしとけばいいんじゃない? 『ネネねえ』、とか。どう?」

「なるほど。さすがミーねえ。じゃ、それにする。――よろしく。ネネねえ」

 さすが小学生、ちょろい。――彼女はそう思った。

「うん。よろしくね。トラ君」

「……うーん。私、自分で言っておきながら正直『ネネねえ』も……『ねえねえ』と誰かに問いかけているように聞こえないでもないけど……ま、いっか」

 となりの友人が納得しているようなので、ヨシとした。

 小学生最後の一人。

「じゃあ、ネネ姉ちゃんって呼ばせてもらうね。よろしく、ネネ姉ちゃん」

「うん。よろしくね。えーっと――」

「あ、ルイだよ。ルイでいいよ、ネネ姉ちゃん」

「わかった。よろしくルイ君」

 そんな話しをしているところで、ベンチの方に、もう一人やってきた。

 小学生ではなく、中学生男子だ。

「まったく正志(ただし)のヤツ……。――あ、皆元さん。来てたんだ。おはよう」

「エビヤくん。おはよー」

「あ、前に友達を連れてくるって聞いていたけど、その子だね」

「そうそう。私と同じクラスの親友、鷲尾寧々香。ところでエビヤくんと寧々香、互いに面識あるのかな? 寧々香は一方的にエビヤくんの試合を見たことはあると思うけど」

 確認してくる彼女に、となりの友人は答える。

「えーっと、あ、一ヶ月くらい前の? みっちゃんが探して――」

「そ、そう! そうそうだよっ! あの時の人ねっ」

 彼女が割り込んで言葉を止めた。あの時のことは格好悪いので、止めた。

「えっと、でも、ごめん。みっちゃん。うち、試合している選手はあまり見ていなかったから、わからない、かな」

「そっか、試合している選手は、知り合いじゃなかったらマジマジと見ないもんね。エビヤくんの方は寧々香しってる?」

「いや、しらないと思う。――じゃ、自己紹介だね。ボクは海老井(えびい)克也(かつや)。気軽にエビヤって呼んでもらって構わないよ。同じ中3。赤色は好きだけど、無限に剣を作れたりはしない。そんな感じ。よろしく」

「うん。うちは鷲尾寧々香です。よろしくお願いします。エビヤくん」

「そんなに畏まらなくていいよ。どうせ仲間内でワイワイやる感じだし、レベルも高くないしね。ラクに楽しくやろう。よろしく」

「よいしょ、――そうだぜ、たのしく激戦しよう。鷲尾姉ちゃん」

「うんしょ、――うんうん、ラクに燃えていこー。ネネねえ」

「キミらは、ちょっと畏まれよ! ボクに跳びついて上を目指すのをやめろ。カブトムシかっ」

 よじ登ってくる小学生を引き剥がしながら言った。

 大人気である。

「ところでエビヤくん。正志くんは?」

「ああ、正志ならコートだよ」

「あ、ホントだ。――ン?」

 コートを見る。

 緑色の球よけネットの先、そこには、彼だけではない。――もう1人。

「正志なら、ナンパした女子を連れ込んでテニスを教えてるよ」

「なんですとおっ!」




 テニスコートには彼だけでなくもう一人、少女がいた。

 小学生三人組よりは年上であろう女子。

「うがー。なんで当たらないのよ! このラケット、不良品なわけ?」

「ラケットは問題ないだろ。さっき俺が打って見せただろうが」

「でも、ほら、穴あいてるでしょ。たぶんこの隙間からボールが――」

「突き抜けねえよ? それガットだよ。網目だから。ボールはそこまで小さくねえよ。それにそのラケット、俺のよりだいぶ値段高いやつなんだぞ。ラケットのせいにすんな」

「じゃ、どうしたらいいわけ?」

「打てなきゃ意味ねえだろ。だからまずサーブはこうやって下からでいいんだよ。アンダーサーブのが簡単だろ」

「イヤよ。そんなやり方。上からスパーンて打ちたいわ。そのやり方じゃ、あたしがヘタッピみたいじゃない!」

「いや、実際……いいや、すまん。なんでもない」

「なによ? なんか言いたいことでもあるわけ?」

「……じゃあ、わかった。サーブは、1本目は失敗しても大丈夫だ。そこで1本目は上から全力で打って、それが失敗したら2本目は下から確実にコートへ入れていけ。これはプロ選手もする考え方だから。な?」

「……わかった。じゃ、そうする」

 そうして少女は構える。彼は見守る。

 

 そこにやってきた彼女達。

「……」「……」

「よう。皆元、来たか」

「…………」「…………」

「おう、聞いていた通り鷲尾もいっしょに来たんだな。――ん? どうした」

「ちょいちょい、正志くん?」彼を手招き。

「なんだよ?」彼女に寄っていく。

 拳を構えて。

「この軟派者ぉっ!」

「あごッ!」

 彼女のアッパーカット(弱め)が、彼にヒットした。


「ちょっ、んだよ、皆元。急所はやめろ。下手したら死ぬだろ。てか、いきなりなんだ?」

「いきなりなんだ、それはこっちのセリフだよ! なにナンパって? 私達というモノがありながら! ヒロイン枠をむやみに増やすな」

「はあ? ナンパなんてしてねえよ。ヒロイン枠て、なんの話しだ」

「ちょっと、あの、みっちゃん」そんな友人の制止は振りきれている。

「あれかあれかツンデレか、ツンデレがいいのか! いいや違う。もしやロリか? ロリータがいいロリコンなのか! いやこれはペドか。ペドフィリアか! キサマは」

「なんだ皆元のこの圧力。てかツンデレとかロリコンとか、あまり大声で叫んでいいワードじゃねえぞ。小学生のガキどもの情操教育的に。――いや、ツンデレはまだいいのか? ロリはギリギリセーフか? だが、ペドフィリアはちょっとまずいん――」

「話しをそらすな!」

「おお、まさか皆元から『話しをそらすな』とか言われるとは……。『おまゆう』だぞ、それ」

「でっ! なんなのなんなの? まず、あの子はだれ?」

「アスカだけど」

「アスカちゃん。ほう。――で、なに、もしかして、正志くんの知り合い?」

「アスカちゃんっていうんだね。小学5年生くらいかな。どうなの正志君?」

 もしかして、ナンパというのはエビヤくんの冗談で、本当は親戚の子とか、そういうこと?

 そんな疑念が浮かんできて、彼女に罪悪感が芽生え始めていたところだったのだが。


「いや、知らねえ。そこの高架下で壁打ちしていたから、声をかけたんだが?」


「清々しいほど思いっきりナンパじゃないのよ、この野郎!」

「ばらッ!」

 彼女のボディーブロー(中くらい)が、彼にクリーンヒットした。


「ぐあぁ……。じわじわ効いてくるぜ。もっと腹筋をがんばった方がいいな、俺」

「正志くんの筋トレ事情とか、どーでもいいから!」

 オーバーヒートぎみの彼女に代って、友人が訊ねる。

「でも、正志君、どうして声をかけたの? やっぱり、そ、その、かわいい子だったから?」

「はあ」溜息をついてから「んなわけねえだろ」

「じゃあ、なんでなんで、あの子に声をかけたの? 合理的な理由を説明なさい」

「うん。そうだね。正志君。どうして声をかけたの?」

「ああ。いいか? ――アスカは壁打ちをしていたって言ったよな。ラケットとボールを持ってここに来たということは、テニスをしに来たってことだろ?」

「ええ、聞いたわ」

「うん。そうだね」

「だが、一面しかないこのテニスコートは俺とエビヤが使用していた。ここは公共のテニスコートだ。譲り合って使わなきゃならねえだろ。俺とエビヤは朝早くからずっとコートを使っていたし、だからアスカがコートを使うなら代わった方がいいと思ったんだ」

「なるほど。それは理解した」

「うん。常識的でいい判断だと思うよ」

「ああ、どーもな。――まあエビヤには止められたがな。気持ちはわからんでもなかったけど……」

「あー、そっか。コートを渡せばその分、練習ができなくなるもん」

「なるほど。損しちゃうことになるからね」

「それで、俺はアスカにコートの使用の件について、声をかけようとしたわけだが――その、なんというか……」

「声をかけようとして?」

「なんというか?」

「――それで、つい、口をついて出ちまったわけだよ」



『うわっ……すげえ下手くそ……』

『はぁ! あんた、今あたしに何て言った!』



「……」

「……」

「アイツ、……めちゃくちゃ下手だったんだよ……。壁打ち、というかテニス。やっているスポーツはテニスの壁打ちのハズなのに、似合う用語はホームランとかファールとか、ゴロとかそんなのばっかりなんだよ。いや、一番多いのは『三振』だったけど……。路上にランニングホームランしたり、川にファールボールがキャッチされたり……。球がガンガン無くなる。安全性と経済性に問題アリなんだよ。あいつフルオートマシンガンかよ。『残弾数』なんてテニス用語を俺は知らねえよ!」

「……」

「……」

「それで、数多くのボールの損失で用具メーカーさんに申し訳ない気持ちが生まれて、あとそれから周辺の安全を確保するために、俺がテニスを教えてやることにしたんだ。――いや、というか、そう言ってもアスカは納得しなかったから『俺たちといっしょにやろうぜ』という誘い方に変更したけどさ」

「……なるほど」

「……うん。理解できたよ……」

 気持ちの入った熱弁に、女性陣はいちおう納得した。


「あっ! やった。入ったわ! ねえ正志。見てた? コートに入ったわよ!」

 サーブ練習をしていた少女が、喜びの声をあげて彼を呼んだ。

「おう。やったな。これなら試合にできそうだ」

「えへへ」小柄な少女がない胸を張る。「あたしの才能に驚愕するがいいわ。短時間の練習でここまで出来るようになるのは、すごくない?」

「おうおう。そだな」彼は適当に相槌した。


 彼女達がぼやいた。

「あの子、アスカちゃん。正志くんのこと、呼び捨てなんだ」

「うん。2人とも――正志君とアスカちゃん、仲良さそうだね……」


 そんな2人を見て、少女が訊ねた。

「ん? ねえ正志。そこの2人は? さっきの小学生たちみたいにアンタの仲間?」

「ああ、紹介しとくか。――皆元と鷲尾な。今日はいっしょにテニスすっから」

 彼の視線で、彼女達は気づいて応えた。

「ああ、うん。私が皆元ね。よろしく」

「うちが鷲尾寧々香です。よろしくね」

「ふーん。あたしはアスカ。まあ、仲良くやりましょ」

 そんな簡単な自己紹介が終わって、彼が言う。

「さて、そろそろ始めるぞ。アスカもサーブ打てるようになったし。はやく始めないと時間ねえし。イレギュラーだが人数もピッタリになったしな」

「ん? 人数ってなんのこと」

「ピッタリってなに、正志君?」

「あれ、皆元も鷲尾も聞いてねえのか? ケンやトラから」

「聞くってなにを?」

「ケン君とトラ君から?」

 

「なんかトーナメント戦をやってみたいんだとさ。優勝者には賞品も出すとか言ってたぞ」




 ベンチの上にわざわざシューズを脱いで立った少年が、叫んだ。

「第一回、川沿いテニスコートダブルストーナメント開催! イエーイ!」

 少年の言葉に、ぱちぱち、とまばらな拍手が起こった。

「どうもどうも。じゃ、トラ、ルール説明たのむ」

 同じくベンチの上に登壇した2人目の少年が話す。

「よしきた。任せろケン。――えーっと、ルールは2人一組、ペアの勝ち上がり負け下がりトーナメント方式です。1セットマッチ。……本当はシングルスがよかったんだけど……」

 そのぼやきに、選手たちはそれぞれコメントした。

「いや、シングルスだと実力差があり過ぎるだろ。俺の優勝決定がするぞ」

「は? なに言ってんのさ正志。ボクの優勝が決まってしまうからだろう」

「はいはい。そこの男子2人。無意味な意地の張り合いをしない」

「ホントなに言ってるの男子。勝者は実力不明のあたしかもしれないでしょ?」

「あの、アスカちゃん。別に乗らなくてもいいからね?」

 ベンチ上の少年が話す。

「はい、お話しやめてください。――それで、優勝ペアには、このペットボトルのスポーツドリンク、――えーっと、500キロリットルをプレゼントぉ!」

 青いラベルの市販品ドリンクがその手に握られていた。

「ええっ!」「マジでっ!」

「うっそー」「まさか、なんて規模なの?」

「まてトラ。500キロリットルは冗談だろ」

「ダム……は無理か。プールくらい?」

「トラ、それ、ミリリットルだから!」

 ベンチ上の少年が半泣きで話す。

「はい、ごめんなさい。――このペットボトル一本プレゼントです」

「お、おう」「あ、うん」「そ、そーだね」

「うん、まあ、そういう事もあるよ。うん」

 慰めの声が生まれた。

「てかてか、普通に賞品があるってすごいよね。優勝したら貰えるってことだもんね。すごいよね、がんばろっと」

 彼女がフォローを入れた。檀上の少年のメンタルが回復する。


「えーっと、それで、チーム分けは、中学生と小学生に分かれて、じゃんけんで勝った順番に第1ペア、第2ペア、第3ペア、第4ペア、ということで。ペアが決まったら、こっちの紙に――トーナメント表に名前を書いてね」

 対戦表は単純だった。

第一試合、第1ペア 対 第2ペア

第二試合、第3ペア 対 第4ペア

第三試合、敗北ペア 対 敗北ペア

第四試合、勝利ペア 対 勝利ペア




 小学生と中学生に分かれた。

 その一方、中学生サイド。

「んじゃ、ペア決めのじゃんけんをするか。――て、おいおいアスカ。お前はあっちだろ」

「え。なによ正志。あたしが初心者だからって甘くみてんの?」

「そうじゃなくて――」

「まあでも初心者なのはホントだし。人数が合わないしね。しかたがないわね。まったく」

 ぼやきながら少女は小学生の方に移動した。


 じゃんけんで順番を決める。なんの問題もなく1から4の数字が決まる。

 その後、彼が言った。

「それから、中学生ども、一応注意しとくぞ。――あのジュースだけど、アレ一本しかねえし、元々ケンとトラが持ってきたモンだから、たとえ優勝しても小学生にやれよ?」

「わかってるよ正志。それに優勝したのに中学生の方が賞品を取ったら、小学生――特にトラとか、泣きそうだしね。そりゃあ譲るよ」

「おけおけ。正志くん。でもでもさ、中学生側にも何かないと、モチベーションが低くなっちゃわない? ――だからさ、賭けしようよ。罰ゲーム」

「え、みっちゃん。罰ゲームって?」

「フフフ。優勝した中学生は、最下位の中学生に何か一つ命令できる。言うことを聞かなきゃいけない。そういう罰ゲーム。あ、でも、無茶無理無謀なことはダメね」

「ああ、なるほど。ボクはいいよ。盛り上がるし」

「皆元、おまえ、そういうの好きだよな……。まあ、別にいいけど。負けねえし」

「みんながいいなら、うちもいいよ」

「よしよし。じゃ、決まりね」

 彼女がにやりと笑った。




 ペア発表。

 ――第1ペア。

「……オワッタ」

「ちょっと正志、なにあたしを見て、うなだれてんのよ」

 彼がやっとサーブができるようになった少女を見て絶望していた。


――第2ペア。

「よろしくね、ミナ姉ちゃん。絶対勝とう」

「もちもちろんろん。よろしく。ルイちゃん」

 彼女が相棒へと不敵に笑いかけた。


 ――第3ペア。

「チーム・ブラックタイガー。ここに見参! やるぞー」

「ねえトラ。タイガーはトラだけじゃ、って――あ、なるほど。センスいいなぁ」

 よいチーム名がついた。


 ――第4ペア。

「よろしく、鷲尾姉ちゃん! 死んでも勝とう!」

「ええっ! ケン君。死んでもって……いや、うち、そこまでは……」

 気合充分な少年に、エンジョイ勢はたじたじだった。


 対戦表に名前の記入。

 第1ペア アスカ タダシ

 第2ペア ルイ  ミナモト♥

 第3ペア トラ  エビヤ

 第4ペア ケン  ネネカ




 第一試合。

「のっけから強敵だな。ちなみに俺の見立てだと、ルイは小学生ん中で一番うまい。皆元はまあフツー」

「ふーん。ま、あたしの敵じゃないでしょ」

「……(アスカ一人では、まともな試合にならないから、敵と認定するまでもない、という意味でならば)――そうだな」

 彼は本心を上手く隠した。

「さあさあさあ、やるわよやるわよー。正志くん。全力でかかって来い!」

「ちょっ、ちょっと、ミナ姉ちゃん。挑発しなくても……」

「いやいや、ルイちゃんや。こういうのは本気でやるから面白いんだよ。それに――」

 そして、彼女は対面コートにいる彼に口パクとアイコンタクトで、意思を伝えた。

「――(罰ゲーム、覚悟しなさいよ! 軟派者)」

「あー、これ、勝たなねえとやばいな。ま、ここ勝っておけば、罰ゲームは免れるわけだし。――組んでいる相方の性能の違いが、勝敗を決定するのではないことを……教えてやる!」

「正志。あんた、あたしのことディスってない?」


 第一試合終了。

 彼女が地に伏していた。

「ぜは、ぜは、ぐわああああ。まっけたー。ごめんルイちゃん!」

「……うん。そうだね。でも、気にしないで」

 そんなコートの対面で、彼がしみじみと語った。

「まさか、本当に勝てるとは思わなかったぜ」

「なに言ってんの。あたしと組んでいるんだから、勝つに決まってんでしょ」

「……おう。せやな」

「ナニ、その関西弁」


 1ペア○ 対 2ペア× 




 第二試合。

「チーム・ブラックタイガー出陣だ。いくぞ、トラ」

「オッケー。やってやるぞー。負けないからな、ケン」

「それはこっちのセリフだぜ。やってやろう、鷲尾姉ちゃん」

「えっと、うん。がんばろう。よろしくお願いします、エビヤ君たち」


 第二試合終了。

「やったぁ勝利。エビにい――ヘイっ」

「おう。やったね。トラ――イエーイっ」

 パン、と決勝進出ペアがハイタッチした。

「ああーっ、やられた。エビヤ兄ちゃん、つえー」

「うん。やられちゃったね。ごめんね、ケン君」

「ま、次もあるから、気を取り直していこー。鷲尾姉ちゃん」


 3ペア○ 対 4ペア×




 第三試合。――三位・最下位決定戦。

「さあさあ、がんばっていきましょう」

「……うん。そうだね。ミナ姉ちゃん」

「ちょっとちょっと、暗いぞ暗いぞルイちゃんや。がんばってこー」

「さあ、寧々香姉ちゃん。がんばっていこう」

「うん。ケン君。次こそ勝とうね」


 第三試合終了。

 またも彼女が地に伏していた。

「はあはあ、どわあああー。やっられたー」

「……うん。そうだね。くやしい」

「なんか、デジャヴだな……。てか皆元、起きろ。次の試合ができねえ」

 彼がげんなりしながら言った。

「やったね。ケン君」

「うん。寧々香姉ちゃん。チームワークの勝利たね。ありがとう――ヘイ」

「う、うん。こちらこそありがとう。――はい!」

 ぱしん、と勝利ペアが手を打ち合わせた。


 2ペア× 対 4ペア○




 第四試合。――決勝戦。

「ところで正志。あんた、かつ――勝てんの? あの男子に、一対一で」

「ああ、エビヤのことな。わかんねえ」

「その、エビヤと正志って、いつもは勝率どんなもんなの?」

「勝率というか戦績は三十一勝三十敗、だな」

「接戦すぎでしょ。ほぼ五分五分じゃん」

「そんなもんなんだよ。男の戦いってのは。ま、でも今回は、アスカがいるし――」

「――あたしがいるし、勝てそうってわけね」

「……せやな」

「なんでまた関西弁?」


「さあいこうエビにい。気合入れていこう」

「ああ、トラ。普段通りに平常心でいこう」

「チーム・ブラックタイガー。最終戦争だ」

「戦争じゃないけれど、最終戦がんばろう」



 試合は最終局面。

 彼の打ったリターンだった。

「ん、んん? 寧々香。入った?」

「えっと、ラインにピッタリだとどうなるの?」

「あ、それなら、オッケー。ポイントになるわ。――あ。試合終了!」


 第四試合終了。――全試合が終わった。

「まさか、マジで勝てるとは思わなかったぜ」

「なに言ってんの。あたしとペアなんだから、勝つに決まってんでしょ」

「……あれ。なんかまたデジャヴだ。俺、疲れてんのかな」 

「ま、そういうわけなんじゃない? 試合中がんばって走ってたし、ずっとコートにいたし、最後もギリギリで決めたし、ほめてあげるわ。それから、――ホラ」少女が手を掲げた。

「ん? なんだアスカ」

「ハイタッチに決まってんでしょ! みんなやっていたじゃない。テニスの試合ってそういう感じなんでしょ?」

「ああ、せやな」

「だから、なんでまた関西弁?」

「ま、とにかく優勝だ。――俺たちはよく戦った。やったな。ヘイ!」

 パシン、と優勝ペアは手を打ち合わせた。

「うああ。やられた。ごめんよトラ」

「しゃーない。調子が悪いときもあるさエビにい。――それより表彰式をしなきゃ」


 第一ペア○ 対 第三ペア×


 第一回川沿いテニスコートダブルストーナメントの全試合がここに終結した。




 試合後、すぐに表彰式が始まった。

 コートから少し離れたベンチエリア。

 またも主催者の少年2人がベンチに立っていた。

「優勝は、第1ペアの正志兄ちゃんとアスカ姉ちゃんの2人です。――ハクシュぅ!」

 ぱちぱちぱち、と程々の拍手の音が鳴った。

「ああ。どーもな」

「イエーイ。ま、当然だけど、ありがとぉー」

 優勝者コメントである。

「さーて、じゃ、賞品の授与だね。ではトラ、頼む」

「よしきた。任せろケン。――ん、あれ? 賞品は?」

「あれ? ぼくのバッグに入れたままだったっけ? あれれ、無い」

「いいやケン、ルール説明のときにみんなに見せて、そのままベンチに置いておいたはずなんだけど……」

「え、じゃ、なんで無いんだよ。だれか持っていった?」

 全員が辺りを見回しながら首を傾げていた。

 だれも何も言わなかった。

 ――賞品が紛失した。




 全員で周辺を探してみる。

 小学生2人は半泣きだった。

「ええぇ。うそだろぉ。なんでないんだよ……。あの時、ちゃんとしまっておけば……」

「なんだよ。しまっておけばって、おれのせいかよぉ。でも、あの賞品はもともとケンが当てたヤツじゃん。もとはケンがしまえば――」

「なんだと、トラ」

「なんだよ、ケン」

「ちょ、2人とも、ケンカは――」

「ケンカじゃねえよ。ルイ」

「ちょっと黙ってろよ、ルイ」

 全員が半泣きの小学生だが。

「おちつけ小学生ども。ケンカすんな。別に誰が悪いとかねえよ。それよりも、やらなきゃいけねえことがある」

 彼が仲裁して、告げる。

「知らない誰かが、盗んでいったのかもしれねえだろ。マジの盗難かもしれねえ。――とりあえず全員、自分のバッグの中身を確認しろ。貴重品とかは特に。財布はちゃんと中身まで確認しとけよ」


 彼の指示で、全員が自分の荷物を確認した。

「うんうん。ラケットバッグをチェックしてみたけど、やはりやっぱり、私の持ち物はぜんぶ無事みたい。被害なし」

「ボクもだ」「ぼくも」「おれも」「うちも」「あたしも」

 全員が何も無くなってないことを確認できた。

「おう。それはよかった。財布の中身も確認したけど、現金も含めて、無くなったものはない。じゃあ、盗難じゃなさそうだな。泥棒がわざわざペットボトルのジュースだけを盗んでいくとは思えねえし」

「でも、きっと知らないだれかが持っていったんだよ。正志兄ちゃん。そうじゃなきゃ無くなるはずないよ」

「んー、そうだなぁ……」

「ねえ、それよりもあたし、可能性が高い、って思うことがあるわけなんだけど」

「ん? なんだよアスカ」

「この中の誰かが盗んだんじゃないかしら? 試合中とか、この8人の誰かなら――」

「ねえ――アスカちゃん。そんな訳ないだろ!」

「エビヤ?」彼が見る。

 少年は明らかに怒っていた。

「ここにいるみんなは、前々から知っている顔見知りなんだよ。そんなことするヤツらじゃないってわかってる。それに、仲間内で窃盗なんかしたら、今後やりづらくなるのはわかるだろ。今日、たまたま来ただけのヒトが、誰かが盗んだなんて言わないでくれよ!」

「な、なによ。ムキになっちゃって。あたしは、ただ、可能性が高いって話しを――」

 口論になる2人を冷静な彼が止める。

「あー、はいはい。まず落ち着けエビヤ、わかってっから。――それからアスカ、この中の誰かが盗んだってことも、絶対ないから」

「え、なんで?」

「まず、大前提なんだが、今日ここに集まったやつは全員がテニスをしに来てんだよ。運動を――スポーツをしに来ている。お茶とかスポーツドリンクとか、水分補給のできるものは、全員が持ってきてるだろ。盗む必要がねえんだよ」

「ああ、なるほどね」

「だから理由もねえのに盗んだりしねえってこと。――そうなると、つまりは見知らぬ他人が盗っていったんじゃないか、としかならないわけだ」

「でもでも正志くん、見知らぬ他人といっても、そんな人、見てない気がするけれど……。それにそれに、他のモノは何一つ無くなっていなかったし。これ、ドロボーなの? 飲み物だけ盗んでいくようなドロボーって、ショボすぎない?」

「ああ、そうだな。でも前言撤回してわりぃけど、やっぱ盗難しか可能性がねえしなぁ」

「あたし、思ったわけなんだけど、全員がベンチから離れたスキを狙ったのかもよ。――ちょっと整理してみましょうよ」



 少女が確認していく。

「まず第一試合――あたしたちの試合中、コートにいなかったのは第3ペアと第4ペアよね。その時、このベンチには誰かいたの? それから、誰か来たりした?」

「えーっと、うちはずっとベンチにいたよ。でも、誰も知らない人は来なかったけど」

「うん。寧々香姉ちゃんの言うとおりだよ。ぼくらはずっとベンチにいた。作戦会議をしていたんだ。寧々香姉ちゃんがテニスあんまりしたことないって言ってたから、ルール説明も兼ねて」

「うん。おれも、ケンといっしょに、ネネねえにアドバイスしてた」

「なるほど。でもさあトラ。キミはボクとおなじ第3ペア――チーム・ブラックタイガーだろ。敵のペアにアドバイスおくるなよ。自分の首絞めてるじゃん……」

「あっ、しまった。たしかにそうだ!」

 全員が一笑した。


「第二試合の時、コートにいなかったのは、第1ペアと第2ペアだけど。――ああ、この時は大丈夫ね。あたしもずっとベンチにいたわ。誰も来なかったわね」

「うん。ミナ姉ちゃんがベンチで倒れて寝ていたときだね。ミナ姉ちゃんバテバテだったよね」

「ええ、ええ、そうですね。あの時はご迷惑をおかけしましたねぇ」

 彼女はバツが悪そうに言った。

「でも、ミナ姉ちゃんは倒れるまで、試合を頑張ってくれたってことだから」

「ルイちゃん……アンタって子は……」彼女が感極まったように見つめた。

「ま、でも、それで負けてちゃ、お話しにならないわよね」

「アスカちゃんっ、アンタって子はぁ……」彼女が怒りをあらわにしていた。

「(一番戦力外だったおまえが言うのかよ)」

 と、彼は思ったが、言わぬが花だったので、やめた。


「第三試合の時は――あたしたち第1ペアと、第3ペアね」

「ああ、その時はどうだったんだ? トラ、覚えてるか?」

「うん。おれ、第三試合の時は、ずっとベンチにいたよ。次の試合に向けて体力を温存していたんだ。でも、知らない人は誰も来なかった」

「なるほど。――あれ? ベンチにいたのはトラだけか?」

「んーん」頭を横に振った。「エビにいとアスカねえもいたよ。でも、2人いっしょにはならなかった。エビにいがベンチにいる時はアスカねえは試合を見に行っていて、逆にアスカねえがベンチにいる時はエビにいがコートに行ってた」

「入れ違い。互い違いってわけか」

 お前らどんだけ仲悪いんだよ、と彼は思ったが、今回の件に関係ないので口をつぐんだ。

「でも、ベンチにはずっとトラがいたんだもんな」


「第四試合の時は――第2ペアと第4ペアね」

「ああ、最終戦だな。あの時は誰かベンチにいたか?」

「その時は、ぼくとルイがベンチにいたよ」

「うん。ケンの言ったとおり。知らない人は誰も来なかった。いや知っている人も誰も来なかったよ」

「なるほどな。――最後にケンとルイの話しを聞いて、分かったことがある」

「え、なになに正志くん」

 彼が腕組みして思案顔で述べた。

「コレ、不可能だ。無理ムリ。ありえねえ」




 少女が激しく顔をしかめていた。

「はあ? 正志、なに言ってんのよ。不可能犯罪とか現実にありえるわけないでしょ?」

「そう言われても、無理なモンは無理だし、不可能なモンは不可能だろ?」

「でも、そう簡単にあきらめちゃダメでしょ! あたしたちの賞品よ!」

「だが無理だろ。――ベンチには常に誰かが居た。それも2人以上。そんな状態でペットボトルを盗み出すとか、不可能だろ」

「たしかに、そうなんだけど……。あ、ホラ、誰か2人が共犯で、協力して盗んだとか――」

 そんな少女の意見に、一人の男子の顔が険しくなったが、彼が「まあ、落ち着けよエビヤ」となだめてから、否定意見を述べる。

「共犯はないだろ。2人で協力して盗むメリットがねえよ。ペットボトルのジュースだぞ。それも1本しかねえんだし。――分けて飲むのか?」

「あ、確かに……って、正志、あんた、もしかして、それを狙っていたの? あたしと間接キスをしたいがために優勝を狙って――」

「とんでもねえところに飛び火しやがったなぁおい!」

「え、正志君、ほんとに?」

「……このロリコン」

「鷲尾、皆元、おまえらは知ってるだろ。てか話しただろ! 皆元はその変態を見るような眼を止めろ。鷲尾も本気でショックを受けた、みたいな顔を止めるんだ。――俺は優勝したら小学生の方に賞品を譲るって、宣言していたからな」

「あ、そういえば。思い出した」

「あ、そっかそっか。そうだった」

「おまえら、マジのリアクションか?! ネタとかじゃなくて?」

 そんな説明を聞いた少女は、おかしいと思ったようだ。

「んん? 小学生の方に賞品を譲る?」

「ああ、だから優勝したらアスカに賞品は譲るつもりで――」

「ちがうんだけど?」

「は? なにが」

「あたし、小学生じゃないんだけど」

「…………え。……アスカ、幼稚園児だったのか?」

「違うわよ! んなわけないでしょうが、このバカ!」

 少女が声を荒らげて、叫んだ。


「あたしは中学生よ! あんたたちと同じ中3よ!」


「は、え? って」

 一拍あけて、理解して。

「「「えええええええええええええええぇぇえええ!!」」」

 彼らは驚愕の声をあげた。




 彼らは狼狽していた。

「ちょっ、なっ、はあっ? 中学生? え、冗談だろ?」

「冗談を言う必要がどこにあるわけ?」

「たしかにそうなんだが。え、中3って……」

「だから中学三年生のことなわけだけど」

 彼は目の前の少女を見る。

 それから目線を移す。――彼女達の方を見る。

 その後、視線を戻す。――うむ。小さい。

「はっはっは。おいおい。冗談きついぜ」

「笑ってんじゃないわよ、正志。――いいわ。証拠みせてやるわ」

 少女は自分の荷物を漁って、学生証らしきものを取り出した。

「…………」

 そして少し迷う。

「なんだよ」

「いや、コレ見せたら、あたしの個人情報がバレるわけだし、……そうだ。そっちの男子」

「ん、ボク?」

「エビヤ?」

「あんた、これを見て、あたしが中3だって証明してくれない? あんた、あたしを嫌っているみたいだし、ストーカーになることもないでしょ?」

「それは、そうだけど……」

「いいから、ホラ、見なさいよ」

 少女は無理やり学生証を押し付ける。

 少年はしかたがなく、それを確認する。

「えーっと、うん。そうだね。――たしかに中3だ」

「え、マジかよ!」

「あっはっは。現実を認めなさいよ、正志」

 少女は得意げだった。

「えーっ、アスカ姉ちゃん中学生だったの?」

「うそだー、アスカねえ、小さいもん違うよ」

「そこのあたしより小さい小学生! あたしを小さい小さいと言うな」

 彼は問題の少女を見る。――やはり小さい。

 その後、彼女の見る。――まあ、小さいな。

 少し目線が下だった。

「うーん。ありえないことじゃない、のか?」

「おい正志くん。いま私のどこを見て、その結論を出しやがったオイ?」


 それから学生証を持つ少年は、なにげなく言った。

「それから『アスカ』っていうのは、下の名前だったんだね」

「へ!?」

「「え!!」」

 彼と彼女達が驚いた。

 それから、彼女が問う。雰囲気ちょっと怖い。

「ちょっとちょっと正志くん。同級生女子を下の名前で呼び捨て、っていうのは、すこーし私どうなのかなー、とか思うんだけどなー」

「いや、『アスカ』としか言われなかったし、てっきり上の名前かと思ってたんだよ。飛鳥時代とかのアスカ。苗字あるだろ」

「あたし、別に苗字だなんて言ってなかったでしょ。それに呼び捨てにしてきたのは、あんたの方が先でしょ、正志」

「いやまあ、そうだけどさ。じゃあ、上の名前――苗字はなんてーんだよ?」

「……か、可児江(かにえ)

「かに……へー。なんか、甲殻類が……いやなんでもない」

「なによ」

「まあ、とにかく俺は、可児江に賞品を――」

「なに急に呼び方変えてんのよ。アスカでいいわよ。さっきまで、そうだったわけだし。今さら可児江とか呼ばれてもしっくりこないし、気持ち悪い」

「いや、気持ち悪いって、自分の苗字だろ」

 しかし同時に、彼は納得した。この少女は自分の苗字を気に入っていないのかもしれない。苗字が嫌いなのかも。だから、あえて苗字ではなく名前を伝えてきたのではないか、と。

「た、正志君。うち、下の名前は寧々香っていうんだけど」

「お、おう。なんだ鷲尾。知ってるよ」

「正志くん。私、下の名前は――」

「だから知ってるっつーの。皆元のも。なんなんだ!」

 小学生がノってきた。

「正志兄ちゃん。ぼく、ケン」

「正志にい。おれ、トラ」

「ルイだよ」

「だから全員知ってるつーの!」

「ボクはエビヤ」

「お前のは名前じゃねえだろ!」




「とにかく話しを戻すぞ」

 あさっての方向に広がっていた会話を、彼が仕切り直した。

「賞品のペットボトルを盗むのは不可能だった。ベンチは常に誰かしらの目があったからな。2人以上の共犯で盗んだってのも却下。賞品のボトルは1本だ。メリットがねえ」

「うんうん。そうだね。でもでも、今ここに無いということは、何かの事情でどこかにいってしまったということだもんね。どういうことなんだろう?」

「そーね。どんなわけか知らないけど。必ず見つけてやるわ。あたしの賞品!」

 そんなところで、少年が一人、恐々と話した。

「あのさ、正志兄ちゃん、アスカ姉ちゃん」

「ん、どうした。ケン?」

「コレなんだけど……」

 その手には青いラベルのペットボトルがあった。

「えっ! それってもしかして賞品のスポーツドリンクなわけ? 見つかったの?」

「ホントにホントに? ケンちゃん。どこにあったの?」

「んーん」少年は申し訳なさそうな顔で、頭を横に振った。「コレは、ぼくのなんだ……。ここに来る途中、自動販売機で買ったんだ。でも――」

 彼には少年の気持ちがわかった。

 申し訳なさ、という感情が。

「ケン。別にいいよ。いらねえよ。それは自分で飲め。自分のモンなんだろ?」

「でも、正志兄ちゃん。ぼくが失くしちゃったから――」

「ケンのせいじゃないし、誰のせいでもないだろ。置いていたものがなくなるなんて、ふつう考えられねえよ。それに、俺がテニスの試合をがんばったのは賞品が欲しいためじゃなく、ただ楽しいからやっただけだ。トーナメント戦なんて燃えるだろ。いつもの人数じゃできねえしな」

「正志兄ちゃん……でもさぁ……」

「それにな。アスカだって、そこまで賞品が欲しいわけじゃないんだよ。ただ無くなって不思議だと思って、解決したいだけなんだよ。なあ?」

「え、正志。あたしそれも理由なわけだけど、賞品もほし――」

「なっ!」

 彼が強めの同意を求めた。

 ――おまえも中学生なんだろうが、大人の対応しろよ!

「え、ええ。ま、そういうわけであるわけよ」

 中学生少女は空気を読んだ。

「ああ、だから、ケン。気にすんな」

「うん。ありがと、正志兄ちゃん……」

「そうそうそうだよ。それにケンちゃんや。この2人、正志くんとアスカちゃんは、中学生同士で組んでいたんだよ。ズルじゃん。みんな負けて当然だよ」

 ――いや俺、1番弱い初心者と組んでいたんだが?

 その言葉を彼は空気を読んで、飲み込んだ。

「あのさ、正志にい……」

 そんなところで、別の少年がおずおずと話しかけた。

「ん、どうした。トラ?」

「おれ、言わなきゃいけないことがあって……」

「なんだ。もしかして、賞品に関することか?」

 その小学生はモジモジしながら、決意して発言した。

「おれ、…………トイレ行きたい……漏れそう」

「――はよ行けよ!」

 彼は渾身のツッコミを放った。

「でもさ、みんな、いっしょうけんめいに探して、考えてるし、賞品を失くしたおれがいなくなるのは、その……」

「気にすんなっつっただろ。お前が漏らす方が大事件になるわ! 早く行け!」

「うんごめん! いってきます」

「全力疾走でいけ!」

 大爆笑が起きた。




 十分後、少年が戻ってきた。

「トラ、トイレくらい行きなよ。ぼくはちゃんと試合のあとに行ったよ」

「しかたないじゃん、ケン。タイミングが合わなかったんだから……」

「まったくトラは。……トイレくらい黙っていきなよ。だから学校で先生から配慮が足りないって怒られるんだよ。まったく」

「まあ、間に合ってよかったよ。いや、間に合ったの?」

「うん。ギリギリセーフ。めちゃめちゃすごい威力で――」

「トラ! だからきみ配慮足りないって怒られるんだってば!」

 小学生三人組が会話である。

「まあまあ、でもでもこのテニスコートって場所が悪いよね。いちおう自然公園の一部ってことになっているみたいだけど、中心部から離れているからトイレの建物も遠いし、駅も遠いし、川沿いを歩いてしか来れないもん」

「ええ、まったくそうね。それにココに来るまで舗装されていない砂利道を通らないといけないわけだから、自転車も使えないわけだし。パンクしちゃう」

「うん。そもそもそれに公園内は自転車の乗り入れ禁止になってるのに、最寄りの駐輪場も距離があるしね。利便性が悪いよね」

 彼女達女性陣がグチった。

「まあ、穴場だからね。だからこうしてボクらが使用できているわけだしね」

「ああ、このテニスブームで、まともに無料で使用させてくれるコートなんて、簡単にはないんだからな。それに、砂利道だってランニングコースとして、なかなか便利なんだぞ。舗装された道を走るより、トレーニング効果が高いらしい」

 彼らがフォローするように話した。

「ま、そうは言っても皆元さんたちが話しているように、人気がないのも納得だけどね。――だから人も来ないし、ボクも盗難の心配なんて全く考えてなかったよ」

「ああ、そうだな。俺達これまで一年以上ここ使わせてもらってるけど、そんなことなかったからなあ。ヒト来ねえし」

「人気のない場所。……での盗難……はっ!」

 そこで彼女が、思いついた。

「そうかそうだ! わかったぞ」

「んだよ、皆元。でかい声出して」

 彼女は勝ち誇るように、にやりと笑った。


「わかったんだよ、私。この事件の全容と、盗んだヤツが!」

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